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映画感想文『PERFECT DAYS』

一日の終わりに、空を見上げる。

空に浮かぶ月が、毎日場所と形を変えていることを確かめる。

ふとした時に空を見上げたくなるのはなんでだろう。

映画『PERFECT DAYS』は、長く余韻が残る映画だった。

主人公の平山(役所広司)は東京・渋谷の公衆トイレ清掃員。
近所の老女が道を掃く音で目が覚める。
布団を畳んで歯磨きをする。植物に水をやり、作業着に着替えてガラケー、カギ、フィルムカメラ、小銭をポケットに入れて出発する。
仕事で使う軽自動車に乗る前に、自販機で缶コーヒーを買う。

移動中は、カセットテープで音楽を聴く。

早朝から一つ一つ、トイレを掃除していく。
ペアで仕事するタカシ(柄本時生)は、ちゃらんぽらんなヤツ。でも憎めない。
お昼は清掃ルートにある神社で。フィルムカメラで頭上の木々の写真を撮る。

夕方には仕事を終え、銭湯の一番風呂でさっぱりした後、浅草駅地下の飲み屋でいつものが出てくる。
帰ったら、本を読んで眠くなったら寝る。

休日はコインランドリーで洗濯。
フィルムの同時プリントを受け取る。
ママ(石川さゆり)のいる飲み屋にいく。
ママが歌うますぎ。こりゃ通いたくなる。

この繰り返し。
前半は、これを飽きる手前まで見せられる。

その中で、見えてくる平山の姿がある。

ほとんど喋らない。でもママの前ではちょっと饒舌になる。

ふとした時に、空を見上げる。
朝家から出るとき。掃除中に使用者が入ってきて、それを待つ間。お昼ご飯を食べるとき。

結構よく笑う。破顔ではなく微笑。意外と表情豊か。

彼のまなざしには、この世界への慈しみが感じられる。
信号待ちで子どもたちが横断歩道を歩くのを見守る、何気ない光景。
スクリーンから発する幸福感に胸がいっぱいになってしまった。

繰り返しの日々は、会社勤めの私だって同じはずなのに。
なのに、どうしてこんなに満ち足りているように見えるんだろう。

中盤から、平山の日常に変化が起きる。

姪のニコ(中野有紗)が家出をして、平山のもとを訪れる。
仕事にもついてきて、平山の一日を一緒に過ごす。
休日に自転車で川沿いを走っている時、この先にある海へ行きたい、とニコは強請る。

平山「今度ね」
ニコ「今度っていつ」
平山「今度はこんど。今はいま」

映画『PERFECT DAYS』より

ニコは、そっかー、と受け入れて「今度はこんど、今はいま♫」と適当な節をつけて歌う。
二人で掛け合い歌う様子は可愛らしかったけど、同時に切ないような、何とも言えない気分になった。

平山は「現実は嫌かもしれないけど、今から逃避しないで。自分みたいになっちゃうよ」と伝えたかったのかも。勝手な想像だけれど。
ニコの母、平山の妹(麻生祐未)は運転手付きの車でニコを迎えに行く。
数日間の逃避が終わる。

他にも、女性が登場する。
タカシの彼女(アオイヤマダ)、お昼ご飯を食べるOL(長井短)、飲み屋のママ。
みんな現実に少しだけ倦んでいるひとたちに見えた。
平山と接することで、彼女たちの中の何かが癒されたようだ。私もそう。

この映画で影は一つのキーワード。
平山が眠りに落ちると、彼のさまざまな記憶が重なり合ったような映像が流れる。それは多重露光の写真のよう。

「影は、重なると濃くなるんでしょうか?」
ママの元夫(三浦友和)が独り言のように訊く。
平山は「濃くなりますよ!変わらなきゃおかしい!」と言う。

光があれば影は絶対に生まれる。
影は、その人や物がそこにあることを教えてくれる。浮き立たせる。
影は軌跡とも言えるかもしれないなぁ。

彼の反復の日々を眺めていたら、ふと「祈り」という言葉が浮かんだ。祈りの形は様々あるが、共通しているのは心を込めて行うということ。

そっか。
これまで繰り返しや反復と書いてきたが、違ったかもしれない。
日々とは積み重ねていくものだ。

目の前の人やもの、行為などに心を込める。
そんな日々が積み重なっていく。
一つとして同じ瞬間はない。


影ってなんで撮りたくなるんだろう。
Photo by Rita

ふわふわと色んなことを考えた。
まとまらなかったけど、それでいいかな。

You’re going to reap just what you sow.
(人は自分の蒔いたものを刈り取ることになる) 

Lou Reed-『Perfect Day』

映画館を出たのは夜10時だった。
鉄道のガード下をくぐると、炭火の煙の中に人々の笑顔が浮かぶ。酔っ払いたちは賑やかだ。

いいねぇ、楽しそうだねぇ。

気づけば、微笑んでいた。


Photo by Tim Mossholder

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