ワルツの口 【短編小説】

「面白い話してよ。」

明るい茶色の長髪の酔っ払いはじめた女がそういった。
経験値が足りないながらも頑張ってみたものの結果は惨敗、話の振り方が悪いとか、話を聞く態度があれじゃどんな話を知ったて無駄だみたいなことを心の中で悪態をつきながら帰路を急ぐ。
終電近い駅の改札でこれまた酔っ払った団体さん達が別れの挨拶をしている。
うるせぇ、声のボリューム狂ってるんだよこの酔っ払いどもとこれまた心の中で悪態をついた。
駅のホームで電車を待ちながらといつもの感じではない自分を正常に戻そうと試みる。
その試みが成功したかは定かではないところではあるが電車が来てしまったので乗り込んだ。
席は空いていたが出入口の近くのところで背中を預けた。

電車はすぐに走りだす。

電車の窓から外を眺めながら先ほどのことを振り返ってしまう。
このどうしようもないが気持ちが踊りを止めるまで脳みそを動かすのも止められない、考えても仕方のないことと分かってはいてもね

先の女性について思うことはない。
たいした女ではなかったのだ、そう思わなければやってられないことがわかっているから自分にそう言い聞かせる、言い聞かせた結果そのたいした女ではないやつに僕の数時間が踊らされたとなるとまた怒りやら何やらこみ上げる。

女性について思うことはない。

そもそも僕は何に怒っているのだろう
怒ることなどなかったはずだ。
確かに少しの出来心と下心をもって女性と話をしたがたいしたことではない。多分普通の状態であれば本当の意味でその女性について思うことはなかっただろう。
つまりは出来心と下心が悪かった
といえる。
もっと言えば成功できなかった事、成功できなかった自分に怒っているといえる。
まあこんなことを結論じみたことを考えても怒り収まるわけではない。
全ての怒るなんてことは子供じみたことであるんだろう。
でも一体いつから大人になったというんだ。
大人にしてくれとは誰にだって頼んだ覚えはないのにいつからか大人という扱いになる。
仕事をしはじめたころに先輩から社会人なんだからということで叱られたことがあった。
その時も自分はいつ社会人になったんだと思った。
20歳になった時僕らは大人になったのか?
誕生日を迎えた程度で何か変わったというふうには思わなかった。
会社に就職した時僕らは社会人になるのか?
生活のためにという理由、簡単に言えばなんとなくという大学に行く人の半数ぐらいが思っているありきたりな理由で僕らは就職したそんなことで社会人になった
らしい。
自らを社会人と名乗ったことはない。
社会人ってそんなにいいものか?
それでいうなら大人も、
これは社会人にも大人にもなりきれてない半端者だから思うんだろうけれど、
でも半端者だからこそいいたい。
たいしたやつじゃない、君の代わりはいくらでもいると言われたらその通りなんだけれど
社会人はいいものじゃない。
大人はいいものじゃない。
少なくとも今の僕にはいいところなんて見つけられないものでしかない。
だから僕は苛立っているんだ。
僕を叱った先輩は社会人になりたかったのか、
いやなりたいはずがない。
そんな漢文でしかみない反語表現をしながらこの思いによって苛ついている。
自分が嫌だったことを押しつけるんだと、
もし先輩が社会人になりたかった奇特な人だったと考えてもまた苛つく。
社会人なんだからという怒り方に、

ここまで考えたが巡ったとき僕の熱かった怒りが急速に冷やされた。
言ってしまえば心電図の波が止まるみたいな感じで、テレビの電源急にきれたみたいなふうに急速に冷やされた。
でも止まったという心臓が急にリズム刻むみたいにテレビの画面から何かが飛び出してくるように突飛に僕の頭を一本の線が通った。
それが何で作られているのかはわからない、
怒り作られたというにはあまりにも陳腐に思えてしまう複雑なもの。
でも何故その線が通ったかはわかる。
何に苛ついているかがわかったからだ。
僕は、
自分が簡単なパッケージにされたことを怒っているのだ。
多分今までそういうことがあった。
僕は僕を社会人なんて言って欲しくない、
僕は僕を大人とだけ言うなと、
僕は僕がわかりやすい男になっていること、
それに苛ついていたし、それに逆ギレをしていたのだ。
僕は僕をありきたりな言葉で表して欲しくなかった。
しかしその癖周りの人をありきたりなパッケージをしていた。

なんと分かりやすく面倒くさい人間なんだろう。

僕は僕をそう思った。
そう思えたのだった。

僕はイヤホンをつけた。
僕は穏やかで優雅な気持ちで家についた。



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