仮面ヒーロー アローンマンの独白 【短編小説】
正義を語るときは1人であるべきだ。
そんなことを胸に刻んで生きてきた。
ヒーローを名乗りはじめた24歳の若造が考えた。そんな言葉だ。
正義のヒーローになりたかった。
そんなことを思っていたのは子供のころの話で中学と高校でそんなことを思っていたことも忘れてしまった。
大学生になり適当に遊んでやると思ったが、すぐに就職だどうだの話が聞こえてきて資格をとるためだとかで大学生の大半を過ごした。
その甲斐があったのかは定かではないが就職は無事に出来たとはいっても一端の大企業とかではなく俺のいた大学からは沢山いけるような企業であった。
仕事を覚えているときはあまりにもそれに夢中で気づかなかったが、仕事に慣れはじめたときには余計なことを考えるようになった。
これも就職した新社会人という人たちは考えるのかもしれないがこの仕事が一生続くと考えると憂鬱になった。
今考えると一生続くなんて考え方ならたいていのことが憂鬱になるだろうにと思う。
そんなとき子供のころのことを思い出した。
正義のヒーローになりたかったことを、
そんなことを当時思い出したのは憂鬱からの逃避だったのだろうけれども、逃避として俺はヒーローになることを本気で考えだした。
ヒーローになるのは簡単だ。
ヒーローに資格はない。勝手に名乗りだして働けばいい。でもヒーローを名乗るからには力が必要なことは分かっていた。
ヒーローの数は少ない。悪を成敗するというのは画面の中ではとてもいいことのように映っていたし、俺もいいことのように感じていたがある程度生きてくると現実はそんな簡単ではないことが分かってくる。現実のヒーローはいうなれば社会不適合者みたいなものだ。今から自分がそれになろうというのに酷い言い様だが現実的にそういった認識が社会にはあった。
そういう意味でいえばヒーローになるのは大変だ。自らを社会的におかしい人ですと自明するようなことだからだ。普通の人には出来ない。
だからヒーローになるという逃避は消えていくかのように見えた。
でも消えなかった。
だから僕はヒーローになった。
正義を語るときは1人であるべきそう俺は心に決めて動き出した。
なぜそんなことを決めたのかというと、
社会にいったかったからだと言える。
ヒーローになることは社会からはみ出すことだ。社会からはみ出し自らの正義を全うすることがヒーローなんだ。先人のヒーローたちもそうだった。どう気持ちでどういう思いでどういう覚悟ではじめたのか分らないし十人十色あるだろうけれど誰しもが社会から逸脱していった。それがヒーローである最初の証のように、事実そういった面はあるんだろうと思う。逸脱していったヒーローほど現実的には信じられないような力を持っていた。
でも俺は社会にいったかった。
社会から逸脱する勇気は俺にはなかった。
だから1人であるべきと思う。俺の正義が間違えていたら社会に修正してもらいたくて自分の正義に全て預けるほど自信なんてないから、だから俺は1人で弱いままでいる。
誰かに反発されたら消えしまいそうなそんな正義を俺は持っている。
何の力もない。弱っちぃヒーローだけれど数年経った今でも俺の正義は消えないでいる。
消えないでいられる。
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