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昼下がりのゲレンデとコーラ飴のシュプール

北国で生まれ育ったインドアの民にとって、スキー遠足なるものは一大クソダルイベントである。

なんだってクソ寒い中わざわざ遠出をして雪まみれになりながら坂道を行ったり来たりせにゃならんのだ。そう考えていた高校生時分には、志を同じくする者数人で自由時間にバス内でトランプをして過ごしていた。運転手さん、せっかくの一人時間なのにすみませんでしたね。

兎にも角にも、僕はスキーが好きーではない。

ただ、小学校低学年くらいまでは、それなりに楽しんでいた気もする。その頃のスキー技術なんてどんぐりの背比べなので、劣等感も大してなかったし。

また、一応「遠足」と銘を打っていることから、お弁当とおやつが必要になる。好き嫌いの多すぎる僕は、苦手なものがほぼ確実に出現する給食よりも、100%好きなものに満ちた母のお弁当の方が好きだった。しかも、おやつまで持っていける。その点では、スキー遠足も悪くないと思っていた。



小学2年生のときだったか。年に一度のスキー遠足、日常から一刻も早く離れようと、貸し切りバスに乗り込んだ。スキーよりもお弁当とおやつの時間を待ちわびつつ、友人とペチャクチャおしゃべりしながら道中を楽しむ。数十分後、ごとごと鳴いていたバスの振動はしんと止み、スキー靴のせいでロボットみたいな歩き方になりながらバスを降りた。

空は快晴。真っ青な天井とは裏腹に、ゲレンデの大地には純白のカーペットが敷き詰められている。太陽がキラリとまぶしい。絶好のスキー日和であった。

生徒たちは各々スキー板を取り出し、準備運動を入念に行い、担任の先生の言うことをよく聞きながらその後をついて行く。足は「ハ」の字だよ、と先生が言う。この体勢は少し内股になるので、普段使わない内腿がめちゃくちゃ筋肉痛になる。

そんなこんなで午前中の授業が終わり、お待ちかねの昼休み。
ポケモンのお弁当箱をパカッと開けると、卵焼きにチキチキボーン、シャウエッセンにピーマン炒め、そして細く切ったキュウリをちくわにねじ込んだやつ。最高にして最強の布陣である。これまた大好きなしゃけのおにぎりを、最強のおかずとともにモキュモキュと頬張る。素晴らしいかつワンダフルでトレビアンでブラボーでヴンダバーでハラショーでマーシャアッラーである。


そしてそして、待ちに待った食後のおやつタイム。といっても、スキー遠足ではおやつは飴オンリー。ガムのたぐいはもちろん、ハイチュウもキャラメルもNGだ。それでも制約の多い幼少期において、飴は数少ない娯楽の一つであった。

ただ、持ってきた飴をそのまま食べるわけではない。友人たちの持っている飴をチェックし、欲しいものがあれば交換してもらうのがスキー遠足の醍醐味というもの。行きのバス内で交流を深めていたのは、このためでもある。もはや飴遠足だが、まだ金銭の取り扱いを許されていないキッズたちには、重要な取引のチャンスなのだ。

僕は昨日スーパーで買ってもらったソーダ味やらグレープ味やらの飴玉を取り出し、同じ班のネモトくん(仮名)にすり寄った。彼は、僕の好きなコーラ味の飴を袋ごと所持していたのだ。
「コーラは歯が溶けるから飲んじゃダメ」と両親に釘を刺されていたが、同時に「コーラ味のものならOK」とお許しをいただいていたので問題ない。最初からスーパーでコーラ味を買っとけばよかった気がしないでもないが、そこはコミュニケーションが重要なのだよ。

ネモトくんは快く交換に応じてくれた。交渉成立だ。僕はコーラ飴をゲットした。

嬉々としてコーラ飴を口に放る。コーラ飴は舌の上にシュプールを描きながら、勢いよく口内を滑り抜けていった。そして、バトルドームの玉のように僕の喉を直撃した。

コーラ飴の入手に喜んだのも束の間、僕は激しい喉の痛みと刹那の呼吸困難により泣き出してしまった。
自分のゴールにシュゥゥゥーーー!してどうする。全然、超!エキサイティン!じゃない。

担任の先生は青ざめ、風のように駆けつけてくれた。幸い、コーラ飴はすぐに喉元を通過し、僕の胃袋へダイブしたわけだが、こんな状態で運動すべきではない。午後は尻滑り(お米の袋とかをソリの要領で滑る遊び)の予定だったが、大事を取って休むことにした。

先生に背中をさすられながら、僕は涙目で空を見上げた。冷たい空気で澄んだ鮮やかな青色が、このときばかりはただただ恨めしかった。


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