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口が臭い上司、同じ車の中、2時間の運転、えずく僕。

4年ほど前になるだろうか。冬の終わりをまだ感じられない、寒々とした季節だったと思う。

まだコロナで大騒ぎになる前、小さな町の役場職員だった僕は、上司とともに近隣の町まで出張に行った。

“近隣”といっても、車で片道2時間ほどの長旅だ。隣接する町でさえ20~30分はかかるので、十勝平野の広大さが思い知らされる。

このたった2時間が、あんなに苦しくなるなんて・・・



役目を終えて、出張先から帰るときのことだった。

運転は僕。
助手席には50代の上司(男性)。

その上司なのだが、口が、く、臭い。

最初は、「ん? 何やら変な臭いがするぞ・・・? 」と思っていた。まるで何か臭いのきついものを持ち込んでしまったかのような、そんな気がした。
しかし、書類くらいしか持ち歩いていないので、悪臭のするものなどあるはずがない。

それに確信があった。
悪臭は、上司がしゃべるたびに漂ってくるのだ。

彼はペットボトルのコーヒーを飲んでいた。コーヒーそのものは美味しそうなかぐわしい香りがしたのだろうが、人間の口内に一度入ってしまったが最後、悪臭となって空気中に舞い戻ってきた。まるで、天使が堕天使になる瞬間を見ているようだ。

もしも、この頃すでに『うっせぇわ』がリリースされていたならば、カーステレオで「くせぇ口塞げや限界です」のところを大音量でエンドレスリピートしていたところだ。
Adoのデビューが少しばかり遅かったようで、非常に悔やまれる。


しかもこの上司、やたらとしゃべる。もう、延々としゃべる。これ即ち、ノンストップで口臭をまき散らしている。

なんだかもう顔がベトベターやドガースに見えてきた。ちょっとニヤけているような目が、憤りを加速させる。

百万歩譲って、トークが面白いなら許せる。しかし、面白い話でもなし、重要な仕事の話でもなし、本当にしょーもないことばかりしゃべっている。聞いて地獄、嗅いで地獄、とはこのことだ。


そうだ、と僕は一瞬ひらめいた。

窓を開けて換気をしよう。

しかし、考えてみてほしい。
外気温はマイナス10℃を下回るほどの寒さだ。何分も窓を開けていては凍えてしまう。数十秒間開けたとしても、換気されたかどうかを確認する間もなく閉じなければならない。

また、自分が良くても上司が良くない。窓を開ける範囲は少ししか許されず、開けすぎれば一気に寒くなるので、上司の機嫌を損ねる。後々面倒なので、これは僕の望む展開ではない。

そういうわけで、多少窓を開け閉めしたところで悪臭が消えるわけもなく、換気作戦は失敗に終わった。


いよいよ気分が悪くなってきた。

しかし、いくらなんでも上司に「口が臭いので口閉じてもらっていいですか? 」なんて言えるわけがない。

せめて自分だけでもマスクを着用したいところだが、コロナ禍以前だったこともあり、手元にはマスクの一つもない。

こうなったら最終手段だ。次に見つけたコンビニに寄って、ありったけのフリスクを購入し、上司の口に全弾発射しよう。もうそれしか方法はない。

そんなことを考えていたら、遠くの方にコンビニの看板が見えた。
すると上司が、

「トイレ行きたいから、コンビニ寄ってくれる? 」

と言った。

しめた!
僕は今日一のハキハキとした返事をかまし、コンビニまで車を飛ばした。

駐車するや否や、上司が「ちょっと待っててね」と言い、ドアを開けて出ていった。
コンビニに入っていったことを確認し、僕は運転席側のドアを開けた。


「ぼうええええええええ」


オープン・ザ・ドアとともに、僕のえずき声が十勝の寒空に響きわたった。
よく耐えた。よく耐えたぞアルロン。


このまま上司を置き去りにして帰ろうかとほんのちょっとだけ思ったが、さすがにそれは大問題になるのであきらめた。

悪臭の元凶が戻ってきたので、僕は急いで真顔を取り繕い、残り数十分の運転に努めた。その目がえずいた反動で潤んでいることを、助手席の上司は知らない。


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