スウェーデンリレーの悪夢
運動不足を自覚するようになったのは、いつの頃からだろうか。
学生時分はバドミントンやダンスなど、およそ楽ちんとは言えない運動をしていた。
しかし、受験や就活のため必然的に運動量が減っていたのもまた事実だ。
だから、大学4年の頃は確実に運動不足だったと言える。
◇
大学4年の初夏、悪夢は訪れた。
僕のいた大学では、お祭りが年に2回あった。
一つは秋に行われる『大学祭』。
もう一つは『寮祭』といって、寮に住む学生が運営する大学の祭だ。こちらは6月に行われる。
『寮祭』は少し特殊である。
一般的な大学祭をイメージするような催しは、月末の土日2日間で行われる(いわゆる『本祭』)が、それ以外にも6月の毎週末にイベントがあるのだ。
たとえば、第1週は『運動会』。読んで字のごとく、文字どおりの運動会。ただし、これは寮に住む人間だけで行われる。
4年生にもなると、本祭以外のイベントにはあまり参加しなくなってくるのだが、僕はその年の運動会に出席した。
いや、出席しなければならなかった、と言った方が正しい。
運動会の種目の中に『スウェーデンリレー』というものがあった。
これだけ見れば、ただのスウェーデンリレーだ。
しかし、寮祭のスウェーデンリレーには、新たなルールが追加されていた。
それは、第1走者は1年生、第2走者は2年生…と、走者の学年が指定される、というものだった。
つまり、400mを走るのは、4年生でなければならない。
残念なことに、我がチームの4年生は僕しかいなかった。
正確に言えば、運動会に参加できる4年生は僕しかいなかったのだ。ほかの奴らは、何か理由をつけて面倒事を回避したに違いない。
そんなわけで、我がチームの第4走者はアルロンに決定したのだった。
◇
運動会当日。見事な青空の下で、僕の気持ちもまた見事にブルーだった。
しかし、うなだれていたって仕方あるまい。腹をくくって、スウェーデンリレーの開始時間を待った。
時間になったので、所々に雑草の生えたグラウンドを歩き、バトンを受け取る位置についた。
スタートの号令が鳴った。
若々しい1年生たちが風のように走り抜ける。我がチームは…首位ではないか。ようし、このままぶっちぎって、僕が余裕でゴールするお膳立てをしてくれ。
2年生にバトンが渡った。依然としてトップだ。しかし、2位の選手が猛追しているので、距離は縮んでいく。おいおい、しっかりしてくれよ。
そして3年生。走る距離も走る人間の年齢も増えてくるこの競技、非常に上級生泣かせである。順位は変わっていないものの、いつ何が起こってもおかしくない状況だ。
いよいよ出番だ。
バトンを受け取り、駆け出す。
10mも走らないうちに、一つの影が僕を抜き去った。
2位になってしまった。
それでも一生懸命走る僕。
足が重い。
太ももがパンッパンに張りつめている。
家中の布という布を詰め込んだレジ袋くらいに張りつめている。
だんだん足の動きが鈍くなってきた。
「夢の中では、思いっきり走っているのになぜか動きがスローになる」現象みたいだ。
ああ、もう帰りたい。
後ろを走っていた同期がまた一人、僕の前を走っていく。
3位だ。
無我夢中で走る僕。
そしてようやく…
走り終えるや否や、僕はグラウンドに倒れ込んだ。
全力を振り絞った。歯磨き粉チューブの最後くらい振り絞った。
1位をキープすることは叶わなかったが、6チーム中3位ならまずまずだろう。鈍足の僕にしては上出来だ。
ふう、疲れた。
そして、そろそろ次の種目を見に行こうと、僕は立ち上がろうとした。
そのときだった。
ピッイーーン
立ち上がろうはずの僕の体は、手入れのされていないグラウンドへ再び転げ落ちた。
いてててて!!
一瞬、何が起きたのかわからなかった。しかし、何が起きたのかを理解するのにも、一瞬とかからなかった。
太ももをつった。
僕のわがままボディが、声にならない悲鳴を上げたのだ。
生まれて初めて太ももをつった。それも裏側(ハムストリングス)。痛すぎて立ち上がることなどできやしない。
今の僕は、見る人が見れば「3位がよっぽど悔しかったのだろう」と思うような、はたまた坐薬をぶち込まれる直前のあられもない姿のような、「orz」の体勢である。
きっとチームメイトが心配している。いつまでも坐薬ポーズをしているわけにはいかない。
数分後、少し太ももの痛みが引いてきた頃に、僕はようやく立ち上がることができた。
立ち上がって周囲を見渡すと、だーーれもいない。
え?え?え?
誰もいない?
え?え?え?
え?まじで?
もしかして、ずっと一人で「orz」ポーズで呻いていたの、僕?
はっずー!めちゃめちゃはっずー!
よく見ると、えらい遠くに人だかりがある。ほかのチームメイトどころか参加者全員が、次の種目『女だらけの相撲大会』に夢中になっているではないか。
いやいや、誰か一人くらい心配してくれたっていいじゃないか!
僕、4年生だよ?最終学年だよ?
果てないグラウンド、風がビュビュンと、ひとりぼっち。
太ももの爆弾を抱えながら、僕は群衆を目指して歩いた。
なんと アルロンが おきあがり サポートを してほしそうに こちらをみている! サポートを してあげますか?