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また会いたい、女の子

小学生の時、同級生の男女のみならず、下級生からも上級生からも、そして先生方からも大変人気のある「ミキやん」と呼ばれる女の子がいた。

ミキやんは真っ黒で長い髪から『いち髪』の匂いをさせていた。
黒いワンピースやロングカーディガンなど、魔女の様な服装をする子だった。
自分のことを大人びた感じで「ウチ」と呼ぶ子だった。
「あはははは」という明るい笑い声が特徴的で、その笑い声がどこからともなく聞こえればすぐにミキやんだと分かった。
中島美嘉が好きだと言っていたけれど、色白で華奢で美人なところがまさか中島美嘉の娘なのではと疑うくらいよく似ていた。
運動神経が抜群で、年に1度の校内マラソン大会ではいつも3位以内に入賞していた。


わたしはミキやんに憧れてやまなかった。

だから、
同じ香りの『いち髪』シャンプーを買ったし、
黒いTシャツを探し出し、好んで着るようになったし、
自分のことを「梨香子」という名前呼びから「ウチ」呼びに変えたし(その度両親が怪訝そうに見てきた)、
「あはははは」という笑い声を真似たし(今やそれが染み付いている)、
中島美嘉の曲を歌えるように練習したし、
運動は大の苦手だけどマラソン大会ではヒィヒィ喘ぎながらどうにか9位に入賞した。


そうしたら気付けば、どちらから誘ったのかは覚えていないけれど、ミキやんと頻繁に文通をするような関係になっていた。
ミキやんと文通できる子は少数に限られていたので、わたしはそれがとても誇らしかった。

かといって教室内で読んで、男の子たちに手紙を奪われたり、何かの拍子に落っことしでもしたらただごとじゃない(ミキやんは人の噂話は好まないけれど、自分の秘密は少数の子に限り、打ち明けてくれる子だった)ので、

手紙を受け取るや否や、周りの子に見られないように即座にランドセルにしまった。

そうして帰り道、わたしは誰もいない道まで一目散に走って行き、そうっと取り出した便箋に染み込んだ芳しい『いち髪』の匂いを堪能しながら、ミキやんの丸くて癖のある可愛い字を、くすぐったい気持ちで何遍も読んだ。
(ミキやんの書く、真ん中の二本を交差させる「や」とか、丸の大きな「な」とかを、硬筆の如く、わたしも真似た)


それから、ミキやんの家にお泊まりだってした。

「友達の家に泊まりに行くことはあるけど、友達を泊めることは初めて」
と恥ずかしげに笑うミキやんの部屋は、その清潔なイメージどおりにきちんと整頓されていて、『いち髪』の匂いが官能的なほどに満ち満ちていた。

縦長の本棚があって、そこには矢沢あいさんの『NANA』が並んでいた。

「お洒落な感じの漫画だね」
と言ったら
「大好きで、お姉ちゃんから借りパクした」
とミキやんは言った。

わたしは3つ上の兄の影響で、ドラゴンボールや遊戯王などの少年漫画しか読んだことがなかったので、ミキやんがこれだけ品があって、どこか大人びているのは、お姉さんやこういった漫画から勉強しているからなんだ、と合点がいった。
(わたしもお姉ちゃんだったらよかった、と密かに思った)


夜は一緒にお風呂に入り、見てはいけないと思いつつもミキやんのほっそりとしたお腹や腕とか、痩せて浮き出た背骨のぼこぼこだとか、白い身体のあちこちにある黒子だとかを、湯船に浸かりながら眺めずにはいられなかったし(その後、夢のような状況に興奮しすぎたのか、のぼせてしまった)、

寝る時だって、ミキやんの隣で、ミキやんの匂いに包まれたベッドで、まさか眠れるはずもなく、真っ暗な部屋でミキやんの呼吸音に耳を澄ませているうちにほとんど眠れないまま、薄く青い光が窓から差し、朝を迎えた。


そんなミキやんへの憧れというか、恋にも似たときめきが最高潮に迎えたのは、小学5年生の時の、音楽の時間のことだ。

合唱の練習の際、二手に分かれて交互に歌を披露し合うという流れになり、わたしと別のグループになったミキやんが、わたしたちに向かい合うように整列した。
ミキやんはわたしの目の前に立っていた。

伴奏が流れ、わたしより上の方へ切なげに目線を投げながらミキやんが歌い始め、その、「あいうえお」のどの口もしっかりと型取り、真摯に歌い上げる顔は、なんとも美しく、惚れ惚れとしてしまった(やっぱり中島美嘉に似てる、と思った)。
そうして、かつてないくらいに、心臓がばくばくと鼓動していることに気付いた。


授業が終わり、音楽室から教室までの廊下で、わたしはミキやんと肩を並べて歩く。
そして緊張しながらも、必死な思いで伝えてみた。
「歌っている時のミキやん、とても可愛くて、見ていてドキドキしたよ」
「えっ…、気持ち悪い…」
即答された。
今思えば、明らかにドン引きしてる、と思う顔で、言われてしまった。

この感情を抱くことや、それを伝えることが、まさか気持ち悪がられることだとは思わなかったので、わたしは相当な打撃を受けた(ガーーーン、という音が聞こえた。こういうのもやっぱり、兄と読んでたコロコロコミックの影響だと思う)。

それ以降、悲しみと恥ずかしさのあまりミキやんを避けるようになってしまい、ミキやんも気持ち悪がっているのか怖がっているのか、別の子と過ごすようになり、そんな気まずい日々が1年も続いて小学校を卒業をする頃、突然わたしの机にミキやんからの手紙が差し込まれた。

帰り道に、誰もいない場所まで走って行き、息を弾ませながらそれを開くと、懐かしい香りの昇る便箋に「気持ち悪い」と言ってしまったことへの謝罪と、中学に上がってからもまた仲良くしてほしい旨が、ミキやんらしいこぢんまりとした丸字で書かれていた。
わたしは、やっぱりミキやんはとても優しい子だと感動した(じーーーーん、という感じで)。


ただ、中学校へ上がっても、ミキやんと同じクラスになることはなかった。
廊下で顔を見合わせれば、お互いに、にっこり微笑む程度で、あとはそれぞれの部活仲間との交流に勤しむばかりだった。
実はどこの高校に進んだのかも知らないし、ましてや大学や就職先なども知る由がない。

携帯を何遍も変えているので連絡先は知らないし、これだけの情報社会であるのにSNSのどこにもミキやんらしいアカウントは見つからない。


だけどいつか、大人になったミキやんと再会できるような気がしている。

同窓会のような不自然に仰々しい場ではなく、例えばパン屋さんで同じパンにお互い伸ばしたトングがぶつかったりとか、舞台の席でわたしがミキやんの席に誤って座っていて声をかけられるとか。

もしそれが叶った時には
「久しぶりね」
と2人でゆったり笑って、そのまま食事にでも行きたい。


年齢的には、ミキやんが結婚していたり、子供が数人いてもおかしくないので、そんな新しい生活についての話が聞けるかもしれないし、あるいは旦那さんやお子さんとも会えるかもしれない。

ミキやんが更に綺麗になっていたらそれは素晴らしいし、昔の面影の薄れるくらいに老けてしまっていようときっと愛おしいし、

「あはははは」というあの笑い声や八重歯なんかは変わっていなくて、『いち髪』とはまた違う大人なミキやんの香りを感ぜらるのだろう、と妄想は止まらない。

そしてわたしはまた、どんなミキやんを前にしても、ああなんて素敵な人なんだろう、ときっとやはり、惚れ惚れしてしまうのだろう。

♪青いベンチ/サスケ

小学4〜6年で所属していた吹奏楽部で、何度もこの曲を練習していた。
小学5年生の演奏会にミキやんは来てくれたけど、6年生の時にはもう来てくれなかった。
「君は来るだろうか?明日のクラス会に。半分に折り曲げた案内をもう一度見る」
この歌詞を読みながら、わたしも「大人」になったら、クラス会の案内にミキやんのことを思い浮かべるのだろうかと思った。

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