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口が何かを喋らないかぎり                                


  

「口が何かを喋らないかぎり、言葉は人を傷つけない」

これは、キューバのイファ占いの、とある運勢に出てくる格言である。

確かに黙っていれば、誰も傷つけることもない。

でも、人は黙っていられないから、つい余計なことを言ったりして、問題が起こる。

衝突が起こる。戦争が起こる。

まさに、「口は災いの元」だ。


あるとき、僕は就活で苦戦していた(そう本人が語った)4年生ゼミのN君をある会社に紹介したことがある。

N君とは3年生のときからの付き合いで、気心は知れていた。

1年前のこと。4月に教室に行ってみると、3年生ゼミの履修者は女子学生ばかりだった。10名ほどいるなかで、男子はN君だけだった。

ゼミ長を決める段になった。

女子学生の中にやりたい子はいなかった。

仕方なくN君にどう?と訊くと、引き受けてくれると言う。

それで、1年間、僕とゼミ生とのパイプ役を務めてもらった。

N君は体つきも大きく、聞けば、アメリカンフットボール部に所属しているという。

がさつでマッチョな男ばかりのイメージがあるアメフト部である。

しかも、N君は前線で敵チームの屈強な選手を止めなければならないポジションだった。

ところが、図体に似合わず、ソフトな雰囲気を醸し出していて、女子大のクラスみたいなゼミでもまったく違和感がなかった。

女子学生たちともコミュニケーションがうまく取れていた。

そんなわけで、N君が4年生になったときに、女性社長のやっている会社に紹介してみた。

すぐに面接したいという返事が来た。

後日、N君から面接日時の報告を受けた。

僕も紹介した手前、会社の中がどんな雰囲気なのか、一度見ておきたかった。

N君に同行したい旨、社長室の秘書の方に伝えた。

すると、予定を変更して、お昼近くに面接をしてから、その後、3人で近くのレストランでお昼ごはんはどうか、と秘書の方に打診された。

それは、もちろん社長さんの配慮だった。

面接の席では、社長さんみずから創業のいきさつ、社の方針、新入社員の心得などを説明してくれた。

「会社は信用を一番に捉えており、正直で誠実な人を採用して、育てたい」と、社長はおっしゃった。

僕は、以前お会いしたときに、そうした社長自身の誠意を感じ取っていた。

面接の後半に、N君が入社にあたってどういうことが必要ですか、と質問するとー-

「そんなに難しくはありません。最初の1,2年間は先輩社員のもとで仕事を覚えること。お客さんには、必ずすぐにお礼状をだすこと。大金を扱う仕事なので、間違いは許されません。デジタル時代なので、パソコンを扱う技術はないといけないですね」

そういう言葉が返ってきた。

僕が4年生ゼミの男女割合について触れて、N君が弱い立場であることを告げると、社長は興味深い箴言(しんげん)を披露してくれた。

「『良かったことは人のおかげ、悪かったことは自分のせい』と思っていれば、たいていはうまくいきますよ」と。

それから「失敗したときに先に相手を責めるより、自分から謝っておくことよ」と、付け加えた。

それは圧倒的な男性中心社会の中で、20代半ばで会社を興した女性社長ならではの処世術かもしれなかった。


「口が何かを喋る」と言っても、人を責める言葉では、相手を挑発したりするだけである。

とはいえ、本当に人が悪いことをして、敢えて責めなければならないケースもあるだろう。

だが、僕が占いをやって、この格言を含む運勢が出たときだけは、依頼者に「危険信号が出ていますよ」と、伝えることにしている。

そして、「いまのあなたにとって、口は災いの元ですよ」と、付け加えるのである。

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