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戦友

人生の巡り合わせとは実に不思議なものである。
出会うべくして出会うのか、はたまた神様のいたずらなのか。
この1年間の私の新たな出会いと登場人物たちをこらから少しずつ紹介していく。

しばらく休止していたエッセイを約1年ぶりに再開した。
休止していた理由は、”何も書けない”状態だったからである。

ある日私から心からの笑顔が消えた。
ホテルに来るお客様にさえ笑えなくなった日もあった。
作るカクテルは不味く、ラテアートも情けなくまるで涙のように崩れ落ちるフォームミルク。
手からパワーは感じず、操り人形のように誰かに背中から吊るされ無理矢理生かされ動かされているような、そんな感覚にさえ陥った。
あまり使いたくはないが、現代用語でいういわゆる「社畜」「過労」というやつだろう。
自身の心の声のつぶやきには常に耳を傾けてはいたつもりだった。
いつからだろうか、生きるために働く、ではなくLive to work(働くために生きる)ように感じるようになってしまったのは。

おまえの夢はなんだった、ホテルマンになんのためになった、努力は水の泡か、才能はどこに行った、なにがしたい、何者になりたい、どこへ向かいたい、どう生きたい。
そんな自問自答を毎日続けた。
会社は絶望かとも思えるほどに経済状況が悪化し倒産寸前の様子にさえみえた。

そんな私の変化にいち早く気付いたのは、他の誰でもない相方の師匠だった。
「あなたより先にこの場所からどうか羽ばたかせてほしい。どうか背中を笑顔で見送って全力で押し出して欲しい、あなたに押してもらわないと私は気持ち良く次の場所に飛んで行けない。この場所はもう私には窮屈で狭すぎる。もっと違う世界を見に行きたい。」
と師匠に精一杯の思いを伝えた。
それほどに、共に3年かけて作り上げて来た場所を去るのは名残惜しく苦しい決断であった。
だが、互いの更なる高みを目指す為環境やステージを変えていく必要があるのは一目瞭然だった。
その時が、今、ただ来ただけのことだ、そうだ、それだけのことだ、何をクヨクヨしているのだ、と必死で自身を励ました。

何分ほど経っただろうか。
本当に一文字一文字大切にしながら言葉を選んでいるのがよくわかる。
ようやく師匠が深呼吸をし、何かを悟ったような穏やかな表情で口を開いた。
「そうか、、、、、ついに俺より先に行ってしまうのかあ、、、、本当に寂しいよ。俺が引き止めてもその様子ならきっと心変わりはしないね。心に決めてるよね。なら俺は一番に応援するよ、心から。一緒に働いていて本当に情熱があって向上心があり、先導力やパワーに溢れていて、何度も何度も助けられた。あなたから学んだことは本当に俺は沢山あるよ、感謝している。もちろん人間関係においても、ね、笑 俺から言えることはたった一つだけ。あなたの今傷だらけになってしまっている翼をまずは休息させてどうか労わってあげて。きっとすぐには高く美しく飛んで行けなくても、たとえ低空飛行だったとしても真っ直ぐスーーッとあなたのペースで、ゆっくりと行きたい素敵な場所にどうか飛んでいってほしいな。俺は喜んで、全力でこの場所から先に送り出すよ。それが仲間としての役目でもあるからね。」

一つだけと言いながら、この後30分以上師匠は私との今までの思い出を熱く語り続けていた。
だがしかし、残念ながら涙でぐしゃぐしゃになりすぎて正直あまり記憶がないので割愛する。
記憶にあるのは、ここまで本音で私のことを褒めてくれたのは後にも先にもこの時が最初で最後だったと思う。

「もういいよおおおー、しゃべるなそれ以上ーーうえええーーーーーーん」
ミーティングルームで初めて号泣し出す私を目にし、漫画のキャラクターのように目の前で慌てて動揺して立ち上がりあたふたする師匠。
なかなかコミカルな動きをしていて笑える。
「ちょ、おいっ!泣くなよ、、、!!俺が泣かしたと思われるやんか、!あー、、えーっと、、、あーーー、んん、これっ!はい!とりあえずこれで拭け、、!!」
頭をぽりぽりかきながら焦ってジャケットの内側からごそごそと取り出して渡して来たのはトーションだった。
ワインをサーブする時に使用する、白のゴワゴワの分厚いトーションである。
「こんなんで顔拭けるかあ!!化粧はげるわ、あほう!!泣いてる女の子にそんなん渡してくる男どこにおるねん!!」
「ここにいる。すまん。これしかない。あとはワインオープナーとか、。あいにくティッシュは持ち合わせていない…」
「紳士として失格やな。でも呆れておかげで涙引っ込んだわ」
「それは良かった!!!とりあえず、まあ、、その涙を拭いて、、、な、??落ち着くまで待つよ。」
少し落ち着きを取り戻して椅子に再び腰掛けて、優しい眼差しでじっと私が話し始めるのを待ち続ける師匠。
ごわごわのトーションごしに見える師匠が心なしがいつもの2割り増しでいい奴に見えたのであった。

退職日、神様がそうさせたのかと思うほどに、最終日にも関わらずハプニングの連続で夜中の2時まで師匠とラウンジに居残り状態だった。
数時間後の早朝から朝食シフトに入っている師匠は眠い目を擦りながら、「俺、倉庫からシーツかっさらって、そろそろ仮眠室でいったん寝てくるわ、、最終日なのにごめん、あと最後の洗い物だけ頼んでもいいか、??」
と私に申し訳なさげに問いかける。
「全然ええで!!逆に申し訳ない、遅くまで。。ほんまありがとうやで、、今まで。、」
最後くらいせめて明るくいこうと元気な声で返事をしてみた。
残りの洗い物を片付けようと退勤する師匠と共に裏のキッチンへと向かう。
とそこには、洗い物の代わりに綺麗なキッチンの机の上に会社のメンバー全員からのメッセージカードといくつかのプレゼント、そして美しい真っ白の薔薇の花束が置かれていた。
「ほい。」
ぶっきらぼうにそっぽを向きながら、照れくさそうに私に薔薇の花束を手渡す師匠。
「なんや、、、これ、、どういうサプライズ、、、、」
すると、一言優しい笑顔でこう言った。
「本当にお疲れ様でした。」
こういう本気の時こそ、ここぞとばかりにかしこまって敬語で話してくるところはいくら仲良くなっても当初から変わらない。
後にも先にも、こんな素晴らしい相方は現れないと心底思うほどに。
「ほんまに、、さあ、、、あんた不器用かよ、、、、ほんとに。、、ありがとうね、、。もう一回また別の場所で絶対一緒に働こうね。」
「おう、俺が総支配人になったらな。」
涙ぐむ私の顔を上から眺める師匠に向かって
「明日からこうやって毎日いじり倒してくれるお相手がおらんくなるの寂しいやろー!!もっと寂しがれ寂しがれー!!」
とから元気で言い放つと
「うん、寂しいと思う。ありがとうな。本当に毎日助けられた。俺1人じゃここまで来れなかった。」
と予想外に素直すぎる返事が返って来て動揺を隠せない自分がいた。
「じゃ、俺寝てくるわな。早く気をつけてタクシーで帰るようになっ!またあ、、おやすみ、今日もありがとう、お疲れ様。」
また明日な、と毎日の癖で師匠が私に言いかけようとしたのは決して聞き逃さなかった。

白い薔薇の花言葉は、「深い尊敬」。
純粋な気持ちを伝えたいと思っている人によく渡される花である。
お客様の花束の手配を幾度となく行う私達コンシェルジュであればある程度分かっていたはずであろう。
最後の最後まで彼らしいセンスで気恥ずかしさと共にフッと笑えた。

その名の通り私の永遠の「師匠」であることにこの先何年経っても変わりはないだろう。
約束を互いに果たすまでしばしそれぞれの場所で戦い楽しもう、戦友。

師匠と私の互いの未来にとびっきりの幸あれ。

ROGORONA  

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