十条

ロフト×毛布=初恋

思えば合格発表前に住む部屋を決めたのが誤算の始まりだった。
早稲田大学の受験が手応えバッチリだったので、入学試験が終わった翌日には早稲田大学にアクセスのいい場所がどこかリサーチし、場所の目星をつけ、部屋を探して、すぐ決めた。

初めての一人暮らしは東京都北区十条でスタートした。十条を選んだのは、十条駅(JR埼京線)、東十条駅(JR京浜東北線)両方使え、大学がある高田馬場駅、都電・早稲田駅に行き易いからだ。
しかし、何故か僕は明治大学に4年+1年間、通うことになる。

即決した部屋は1階の角部屋でロフト付きであった。
18年間、住んでいた茨城県から数回しか東京に来たことが無く、一人暮らしも初めての田舎者にとってロフト付き、フローリング、出窓付きの部屋はとても洋風でお洒落でカッコよかった。
これなら雑誌のPOPEYEに書いてあった通り、女の子を部屋で惚れさせることが出来る!と思った。当時、POPEYEでは定期的に 【モテるヤングの特集】 が組まれ、お洒落な部屋はモテる男の必須条件の1つ、という記事を高校の図書館で同級生と騒ぎながら見て覚えていたのだ。

ただ、なぜか明治大学に通うことになり、テンションだだ下がりの状態で3月下旬に引っ越し当日を迎える。

そこで、トラブルが発生する。
なんと部屋の荷物が配達業者の手違いで全て届かなかったのだ。
それに追い打ちをかけるように、上京した年の3月は異常に寒かった。結果、僕は冷たいフローリングの上でブルブル震えながら初めての一人暮らしの夜を過ごした。

結局一睡もできないまま翌日、隣の部屋にだけは挨拶しようとベルを鳴らす。
どんな人が住んでいるか、全く知らなかった。

「はーい!」

ドアが開く。長いストレートの髪に大きな瞳、ジーンズにトレーナー姿の20代の女性が出てきた。

「初めまして、隣の105号室に引っ越してきた中田です。よろしくお願いします。」
「初めまして、私、安井っていいます。よろしくね。」
「あの…。その…。」
「ん?何かしら?」
「あの…、毛布…。」
「ん?毛布?毛布がどうかしたの?」
「…毛布、もし余っていたら借りられませんか?」

オトナの美女と面と向かって話すのと、初対面の隣の部屋の人に毛布を借りたいという、とんでもなく非常識な申し出をしている自分が恥ずかし過ぎて俯くしかなかった。
本来ならご挨拶のお菓子でも渡すのが常識、それくらいは流石に分かっていた。
が、テンションと体温と体力ゲージが下がって気持ちに全く余裕がなかった僕はすがる様に、部屋の荷物が来なかったこと、エアコン入れてもフローリングがとても冷たくて寒くて眠れなかったことを説明し、毛布を貸して欲しいとお願いした。

一通り説明、懇願すると、安井さんはクスっと笑った。

「あらら、大変だったのね。ロフトで寝れば温かったのに。」
「え?そうなんですか?」
「知らなかったの?もしかして一人暮らしは初めて?」
「はい。初めてです。」
「そう…。うん、分かった!私の部屋に上がって。多分間取り一緒だから説明してあげる、部屋の特徴。」

さっきまでのボロボロの自分は何処へやら。
人生初の一人暮らしの女性の部屋、それも年上美人の部屋に上がれるという事だけで、身体が火照ってくる。同時に心臓のバクバク音もマックスに達していた。
そんな僕を見て、またクスッと笑ってから、安井さんは部屋の説明をし始める。

「さっきロフトで寝たら、って言ったでしょ。」
「ハイ。」
「天井見て。中田君、君が住んでいた部屋と比べて高さはどう?」
「かなり高いです。」
「温かい空気は高いところに登っていくから、エアコン入れたらロフトが暖かくてフローリングは寒いの。」
「えぇ!本当ですか?」
「私はロフトで寝ているわよ。色々あって、ちょっと恥ずかしくて見せられないけど。中田君、ロフト、見たい?」
「い、い、いや、大丈夫です!」

イタズラっぽく笑う安井さん。ドギマギして頭が真っ白、多分顔は真っ赤な僕。

その後も、夏は逆にロフトは暑いからフローリングで寝た方がいいとか、冬は電気カーペットを敷いた方が良いとか、部屋に押し入れが無いからロフトの奥やフローリングの角に収納スペースを確保したほうがいい、など、丁寧に色々説明をしてくれた。

説明が一通り終わると、安井さんはロフトの梯子を登りだした。僕は、正直、安井さんのお尻に目が釘付けだった。

「毛布2枚、落とすから下で受け取って!」
「は、ハイ!」

ロフトの下にいた僕に毛布を渡すと、安井さんはロフトから降りてきた。僕はまた、安井さんのお尻に目が釘付けだった。

「2枚あれば何とかなるでしょ。荷物はいつ来るの?」
「あ、明後日の予定です。」
「そう。その毛布、使わないから返すのはいつでもいいわよ。」
「本当ですか!有り難うございます!有り難うございます!」

2枚の毛布と、ロフトの特徴を教えて貰ったおかげで、僕は寒さをしのぐことが出来た。18年間生きてきた中で一番温かい毛布だった。
2日後、全ての荷物と自分の布団、毛布、掛布団が届いた。僕は毛布をクリーニングに出して、安井さんに返した。
安井さんは、何かあったら遠慮なく言ってね、と微笑んだ。

中学高校ずっと男子校だった僕にとって、思えば安井さんが初恋の人だったかもしれない。


その後、僕は安井さんのアドバイス通りに、ロフトを寝床にして小さな収納タンスを購入して部屋の角に置いた。

安井さんの優しさのお陰で、僕は自分の部屋が大好きになった。
ただ、絶望的に整理整頓が下手だったため、僕のモテモテお洒落部屋計画は儚い夢と消える。
結局、男友達しか来ない騒がしい部屋となったが、でもそれが、第一志望だった早稲田大学を落ちた心の傷を癒してくれた。

本当に居心地のよい、少し散らかった僕のロフトの部屋。
お酒、恋、ニーチェ、ドフトエフスキー、全てを教えてくれたのは大学時代のロフトの部屋だった。

ただ、余りに居心地が良過ぎて、同期より大学を1年長く通ったのは誤算であったが。


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