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バットだけ研究しても本塁打は打てない

[要旨]

タビオの創業者の越智直正さんが、SCMシステムを導入し、事業改善に成功したあと、そのシステムは、他社から大きな関心を寄せました。しかし、越智さんが、「いくらシステムが立派でも、情報伝達の道具に過ぎず、大切なのは、背景にある考え方や思想である」と説明しても、それを理解する人は少なかったそうです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、越智直正さんのご著書、「靴下バカ一代-奇天烈経営者の人生訓」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、越智さんが創業した靴下メーカーのタビオが属するファッション産業は、労働集約型産業ではなく、知識集約型産業であるということを知り、POSレジを導入して、そのデータを工場に直ちに伝え、顧客が欲しいものを直ちに提供する仕組みを構築することで、知識集約型産業として顧客体験価値を提供するよう、同社を変えて行ったということを説明しました。

これに続いて、越智さんは、その後、タビオが開発したシステムに対して、他社から関心を持たれるようになったものの、そのシステムについて説明しても、システムの本質を理解する人は少なかったということを述べておられます。「現在、私たちは、47社の協力工場と取引があります。そのうち、約10社の協力工場は、自主的に自社の生産計画を立てています。POSシステムの情報を、直接、確認し、足りなくなりそうだったら、自主的にその分を生産して物流センターに納品します。

今では、店頭で商品が売れてから、工場で生産sssっして、店頭の棚に補充するまで、最短で、1~2日です。必要なものをすぐに作り、店舗に置けば、売り逃すことも、売れ残ることもありません。生産数と販売数の差異はごくわずかです。うちが開発した情報システムは評判を呼び、一時期は、IT企業と騒がれました。当時は、大企業や中堅企業の経営者、大手電機メーカーのシステム開発担当者など、見学や取材に来る人も多かった。海外の大学もたくさんきました。そのとき、僕は、いつもこう言っていたのです。

『いくらシステムが立派でも、情報伝達の道具に過ぎません。大切なのは、背景にある考え方、思想です。使う人がその目的を理解して取り組まない限り、機能しない。プロ野球選手を目指す人で、長嶋(茂雄)がホームランを打ったバットを研究するアホがおりますか。そんなまねをしちゃいけませんよ』って。ただ、いくら、そう説明しても、理解してくれる人は少なく、質問内容は、本質から離れたシステムのことばかりでした」(166ページ)

前回の記事で、越智さんは、タビオを、知識集約型産業として、顧客に顧客体験価値を提供する会社にしようとして、システムを導入したと説明しました。すなわち、システム導入は目的ではなく、顧客体験価値を提供するためのツールということです。したがって、他社が、タビオと同じことをしようとする場合は、システムを導入しただけでは足らず、従業員や協力工場が、顧客体験価値をよく理解したり、システムを使いこなすスキルを習得したりする必要があります。

このことは、理解することは容易なのですが、越智さんが述べておられるように、道具であるシステムに注目してしまう方は少なくないと、私も考えています。私も、中小企業経営者の方から情報化武装についてご相談を受ける時がありますが、単純に、新しいシステムを導入しさえすれば、業績が向上すると考えている方は多いと感じています。しかし、真の情報化武装とは、単に、新しいシステムを導入することだけを指すのではありません。

現在、または、将来に向けた経営環境に合わせて経営戦略を策定し、それに基づいてシステムを調達し、また、役員や従業員が経営戦略を理解した上で、ITスキルを高め、新しい製品・サービスを提供できるようにすることです。でも、情報化武装=システム導入とだけ考えてしまう経営者は、越智さんが述べておられるように、「長嶋選手が使っているバットを持てば、自分もホームランを打てるようになる」と、考えてしまうのでしょう。

これは述べるまでもありませんが、長嶋茂雄さんがたくさんのホームランを打つことができた要因は、長嶋さんが使っていたバットの性能が高かったからではなく、長嶋さんの打者としてのスキルが高いからなのですが、人は、どうしても、目に見えないスキルよりも、目に見えるバットに注目してしまう傾向があるのでしょう。そして、情報化武装についても、これと同様に、本当は、新しいビジネスモデルを実現することでありながら、ステムを使いこなすためのスキルアップについては目に見えにくい面があることから、それを実現するためのツールであるシステムだけに注目してしまう人が多いのでしょう。

そして、多くの経営者の方が、そういった目に見えない活動に、なかなか関心が向かない理由は、スキルアップはしないですませたい、自分自身は変わることなく「魔法のツール」だけで業績を改善させたいという気持ちがあるからなのだと思います。もちろん、経営者の方が、このような浅はかな考え方を持ったまま、新しいシステムを導入した場合、そのシステムはうまく機能せず、宝の持ち腐れとなり、逆に、そのシステム投資が負担になり、業績の足かせとなってしまうことに注意しなければなりません。

2023/11/4 No.2516

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