見出し画像

Diplomacy 交渉手腕☆小泉八雲(秋田流要約)

「死ぬのは…… 死罪だけは、どうかお許しください。どうしても私を殺すのなら、殿のこと、いや、殿だけではない。この家にいる全ての人間を呪い、祟り殺してやります!」

 後ろ手に縛られた男は涙ながらに憐れみを乞う表情を、鬼のような形相に一変させて怒鳴った。男を取り巻いている家臣たちは思わず顔をそむける。
 しかし、『殿』と呼ばれた男は平然としたものである。
「呆れたものよ…… お前は、自分の犯した罪により罰せられるのではないか。しかし、呪うというのであれば、お前の死後、気の済むまでわしを呪うがよい。だが、死んだ後に祟るなどということが本当に出来るのか? わしには信じられぬ。何か証拠を示してはくれぬか」
「ああ、どんなことでもやってやるっ!」
「では、お前の首を斬ったあと、池のほとりにあるその岩に噛みつくことができるか?」
「できる。噛んで噛んで、噛み砕いてくれるわ」
「いいだろう。おい、斬れ」
 男の背後に立った武士は、震える手で抜刀すると上段に振りかぶり、一気に刀を振り下ろす。
 斬首したその瞬間、男の首が歯を剥いて飛び上がり、池のほとりの岩まで到達したかと思うとガッシリと噛み付いた。それはしばらく落ちず、一時もしてからやっと地面に転がった。

※※※

「たっ、祟りは本当だ……」
 それからというものの家の者は気が気でない。笹が風に揺れては祟りだ、鼠が軒下を駆ければ呪いだなどと家中が大騒ぎとなり、殿様に相談することとなった。

「かの男を一族総出で盛大に供養しましょう。このままでは、殿にも祟りが及ぶかもしれません」
「なぜだ?」
「は? 殿もご覧になったでしょう! くっ首が岩に、岩に噛み付いたのですぞっ!」

「ああ、だから心配無いではないか。死者が祟るのは知っている。ヤツの怒り、呪いの感情はすさまじいものだ。だからわしは、岩に噛みつけと話題を逸らした。えてしてあのテのヤカラは思い込みが激しく、状況や話に流されやすい。で、見事、岩に噛みついてヤツは本懐を遂げたのだ。わしを祟り殺すという、本質を忘れてな」
「しかし、本当に大丈夫でしょうか……」
「放っておけ放っておけ。まーったく、お主も分別盛りであろうが。心配するな。本懐を遂げて気が済んだのに、祟る霊がどこにおる。ハハハハハッ」

 その後、殿様も家臣も祟りなどにあわず、まったく平穏な日々を送ったとのことだ。



注)「Diplomacy」というタイトルは、小泉八雲がつけた原題となります。外交交渉という意味で使うのが普通のようです。
物語の内容にあわせて「駆け引き」や、「策略」などと訳された書物もありますが、ここでは「交渉手腕」としています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?