見出し画像

『繚乱コスモス』(9)☆ファンタジー小説

 眠れたのか、それとも起きたままだったのか。
 不快なまどろみの中で朝が来た。

 徳子は重い身体を起こして扉を押し開け、嫌味なほど燦々たる陽光に照らされた風景を見て、本格的な『ヘンなこと』はこれからなのだと悟った。
「おい、大丈夫か?」
 ウタウラが心配して、ふらりと戸口に寄りかかった徳子の肩を支える。

 今考えると充分すぎるほどの予兆はあったが、覚悟が無かった。日常から隔離された衝撃によって、精神が剥離してゆくのに耐える、覚悟である。
(美奈子の家が無い。街並みが違う。舗道も無い。ビルさえ見えない)

 屋外に出てウタウラの家を見ると、寄棟造りで立派な藁葺き屋根の、時代劇で使うセットのようだった。目の前に続く平原は太古そのままの自然。そして、その平原には、屋根をそのまま地面に置いた竪穴式住居を、さらに低くしたような、壁の無い小屋のような建物が数件あった。

 泳いだ視線を小屋に向けると、その地べたと屋根のわずかな隙間から覗く、光る瞳と目が合う。徳子の混乱は増してゆく。
 セットにしては大規模すぎ、CGにしては生々しすぎる。

「ここは、どこ?」
 朦朧とした意識が、あらゆる言語の中から最初に選び出した言葉だった。
 ふう、と、いつの間にか背後にいたウタウラのため息が、徳子のうなじにかかる。
「やっぱりなぁ~」
 落ち着き払ったウタウラに、徳子は叫んだ。
「こっここここは、どっどこって聞いたのっ!」
「あぁ、はいはい。珠明国、崎緒郡…… なんだけど、わかんないだろ?」
「かっからかわないでよぉ! 東京にいたはずなのよっ、どこなのよここはっ、マジメに答えなさいっ!」
「あたしにとっては、そのトーキョーってのが初耳なんだけど。ま、ともかく中に入んなよ。落ち着いて話せばきっと理解できるって」
「これが落ち着いていられますかっての! 小屋の中の目ギラギラのオバケはなんなのよぉ、ひーんっ……」
「オバケとは失礼な。あれは家族だ」
「かっ家族ぅ?」
「あったり前だろ。庭にいるんだから」
「この平原が庭? いやもーそれは後でいいわ」

 徳子は屋内に戻ると首を横に振り、深呼吸して考えをまとめようとする。
「ともかく、あなたはわたしを妙な場所に連れて来た」
「だから、徳子が勝手にきたんじゃないか」

 徳子は再び深呼吸。
(これじゃあ、今までの会話の繰り返しになるわ。相手は、わたしが勝手にやってきたと言い、ここは珠明国だと言い、また広大な平原を庭だと言い、極めつけはオバケを家族だと言う人間よね。今までの会話で、かろうじてかすった話といえば…… そうだ、人形)
「ウタウラ、あの人形」
 ウタウラの視線が人形に向けられたことを確認し、徳子は続ける。
「わたしが昨夜話したこと、ええと、人形を美奈子ちゃんの家から持ってきたって話ね。あれは本当なのよ」
「あたしが言った、あの人形はあたしのものだという話も、うそ偽り無いよ」
(意見は衝突したけれど、ウタウラはわたしの話し方に合わせている。素直な性格のようね)
「ねえウタウラ、さっきわたしが、ここはどこって聞いたとき、やっぱりなとか言ったわよね? わたしがここに来たことに、なにか心当たりがあるんじゃないの?」
「お、やっとあたしの話を聞く気持ちになったか。あたしが人形を作ったって言ったのは、憶えてるか?」
「ん、そんなこと言ってた」
「しかもだ、作ろうとしてるのはこの世に二つとない人形なんだ。ふふん、すごいだろ?」
 ウタウラは胸を張る。

(ウタウラの自慢話は後でいいんだけど)
「へえ、すごいわ」
 聞きたいことを後回しにしても、とりあえず話を合わせるのが徳子である。この緊急時でも八方美人の性格は失われていない。

 ウタウラは一度張った胸を今度は少し前かがみにして、弱弱しく言った。
「でもさ、満足できる人形が作れなくて困ってたんだよ」
 徳子はその言葉を、職人にありがちなこだわりだと捉え、棚に並べられている人形を見比べて言った。
「どれも上手に出来ていると思うけど。まあ、あえて欠点を言えば、目が閉じてるってことかしら? 人形は目が命って言うものね」
「そうそう、そこなんだよ。目が開くようになれば、あたしも一人前ってことなんだけどね。実際、目が開いたことがあるらしいんだ。でもその人形、あたしの作ったものじゃないんだけど」

「……」
 徳子は言葉の意味を図りかねたので、ウタウラの話すがままにしておいた。しかしウタウラは突如、眼を見据え、徳子の肩をガッシと掴んで、
「ねえちゃんを助けたいんだっ」
 と言った。
「ちょちょっと、唐突にナニよっ。助けて欲しいのはわたしの方なのよ」
「そこをなんとか。こんな平身低頭して頼んでるんだからさ」
「平身も低頭もしてないじゃない。恫喝に近いわ。というか、ウタウラは一人暮らしじゃないの?」
「庭に家族がいるけど?」
「この際ソレは除外して…… お姉さんって?」
「城に住んでいるんだけど、命を狙われてる」
「命っ? 警察に言ってよ」
「なんだよそれ。あたしの直感では、徳子しかねえちゃんの命を救えないように思えるんだ」
「どうしてそう思うのよっ? そんなことより、わたしがここに来た心当たりについて、答えてもらって無いんだけど?」

 八方美人を自認し美徳とさえ考え、座右の銘とする徳子もさすがにイライラして当りを強くした。

 徳子の感情を受け流すように、ウタウラは平然として答える。



『繚乱コスモス』(10)に続くでしょうか…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?