kinoka

在宅介護歴を合計すると10年ほど。今は、大分、楽になっています。在宅介護者には、ほっと…

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在宅介護歴を合計すると10年ほど。今は、大分、楽になっています。在宅介護者には、ほっと出来る時間が必要です。家族のカタチは星の数ほどありますし、私の記事を読んで、こんな介護も有ると思ってもらえれば、、、

最近の記事

身内介護がだぶるときの工夫年末編

身内介護がだぶっていると、毎日が早いものです。 今現在、継続されている人には、お疲れ様の気持ちをお送り致します。 仕事を辞めて介護に専念していても結構忙しく、痩せたりするものですが、 パート仕事をしながらなら、いくらか楽。そして福祉サービスを利用しているなら身体は少し楽でも、スケジュール調整が大変。これで、フルタイムや時間の変則的な仕事をされながら介護もされているなら、どんなに大変なことでしょう。 年末になり、季節の行事や大掃除もしたい。 とは言え、いつもどおりには行きませ

    • 身内介護がだぶるときの工夫

      親と祖父母、親と独身の叔母・叔父というように、身内介護は予期せずダブってしまうことがあります。その期間が長いと「大変!」の一言ではすまない場合も、、、私だけでなく、ばったり会った同級生が、どうにもならず私に羅列した自分の状況は、大変なものでした。多分、私がパートヘルパーをしているから分かってくれるはず!!と思い、堰が切れたように話してしまったのでしょう。一通り話して、彼女は楽になったのでしょうか? 1.書類管理で気持ちも整理 予期せぬことが次々に起こったとき、誰かに助けを

      • たまに読み返す新聞記事

        (2013年に書いたものですが・・・) 私は新聞のタメ読みをすることがあり、昨日、何日分か読みましたら丁度 5月12日、母の日のものでした。読売新聞の”ケアノート”のコーナーで お母様の介護について、山本譲二さんが語られていました。 認知症のお母様の老人ホームへの入所を、悩みながら切りだす際、 「俺、一つだけ悩みがあるんだ。それは、お袋しか解決できないんだ。」 と正直に告白すると、 お母様は、 「(自分が)ホームに入れば、譲二の悩みはなくなるの?」 と話を聞いてくれたそうで

        • 川を見てから

          朝、パートに行く前に、父の一番下の妹叔母に病院で待機して貰い、父を病院へ送りました。いつも通り、あまり会話がないまま、、、です。 車椅子介助に慣れていない叔母が、父を介助し、車椅子とともに病院の中へと消えていきました。 なんとも言えない心持ちでしたが、私は次のことを考えねばなりません。 「入院になるだろう。確実に。」と思いましたので、昼休みに入院セットを届ける事を考えていました。もう大きな紙袋にほとんどセットしてありますので大丈夫。いろんな事はありましたが、公の事業所でのパ

        身内介護がだぶるときの工夫年末編

          身内通院介助のカタチ

          足元がおぼつかなくなった父に杖をもたせ、私は、パート仕事の前に月一で病院へ送っていました。以前は、もう一つ大きな病院へ前立腺がんの治療のために送り迎えをしていましたが、同居して何ヶ月かした頃、前立腺がんが大分良くなり、そちらの病院へは通院しなくても良くなったのです。 調べてみると、前立腺がんは罹る人も多いが治る確率も高いよう。そして、予防や回復のためには、質の良い睡眠や食事、生活習慣も前提になっているようでした。バランスを考えた毎日の食事が、少しは身体に効いたのかも!! と

          身内通院介助のカタチ

          トイレでの小競り合いは躾!?

          足元がおぼつかなくなってきた父は、よく便座を上げずに小用を足していました。そして、トイレの床にも排泄後の水たまりが出来ていることがよくありました。 私もマメにトイレ掃除をしていました。しかし、仕事で介助させて頂く利用者さんたちに比べたら、まだまだ気をつければ便器の中に用足ができるのに、と思うとつい口が出てしまうことがあります。そんなときも父は、恥ずかしげもなく「〇〇がやった!!」と言うのでした。 〇〇とは、私の息子のことですが、言うだけでなく、「自分で拭け」と孫の〇〇に言っ

          トイレでの小競り合いは躾!?

          おじいちゃん、あのね・・・

          一人暮らしをしていた父と同居したのは、父に介助が必要になってきた為。 そして、嫁に行った私の家庭の事情もありました。 一度に、あれもこれも真剣に考えなければならないことが人生には有るものですが、このときから私の幼い息子も交えた長い身内介護が始まりました。 若い頃の父は酒癖が悪く、飲むと日頃のストレスが出るのかよく大暴れしていました。家庭が荒れていて、いつの間にか父は一人家庭になった訳です。 とはいえ、一つの仕事を68歳まで続け家族を養ってくれた父を見捨てるわけには行きません

          おじいちゃん、あのね・・・

          はじめまして

          在宅介護は、楽ではありません。 が、しかし、、、 現在61歳の私が、自宅で祖母と同居していた子供時代は、ご近所さんにも同じようなご家庭が多くありました。 昭和30年代から昭和50年代ころまで、でしょうか。 病院に入院したまま亡くなられる方もいらっしゃいましたが、各家庭での看取りが、多かったように思います。第二次世界大戦後の影も残す中、高度成長期の活気がある時代でした。主婦も含め休みなく働いていた大人たち。いろんな摩擦もあったようです。 今、介護されている方々の多くは、そんな

          はじめまして