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連作短編集『Lの世界~東京編』

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東京に暮らすLたち。新宿二丁目のバーやクラブで遊び、SNSアプリで交流を広げ、オフ会に通いながら、彼女たちは日々出会いを探す・・・。不定期更新で送る、様々な年代のLたちの恋愛と人… もっと読む
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連作短編集『Lの世界~東京編』#1
第一章:麻里絵

連作短編集『Lの世界~東京編』#1 第一章:麻里絵

第一章 麻里絵 道端にたむろしているのは男ばかりで、女たちの姿は見えない。私はいつも不思議に思う。私がこの街、新宿二丁目に通うようになってから3年近く経つが、いつ来てもこの現象は変わらなかった。二丁目に来る女の数が極端に少ないわけではない。レズビアンの集う店に行けば、大勢の女たちが所狭しとひしめき合っているのだから。

 仲通りは相変わらず猥雑な匂いに溢れている。土曜の夜は特に賑やかだ。一月の寒さ

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連作短編集『Lの世界~東京編』#2 第ニ章:由梨子

連作短編集『Lの世界~東京編』#2 第ニ章:由梨子

第二章 由梨子 薄暗いJackの店内にひときわ目立つ綺麗な女の子が立っていた。ウェーブがかった金髪を腰まで伸ばし、黒地に金色の蝶の刺繍が入ったシックなワンピースを着ている。一人で来ているのか、カウンターにもたれかかりながらハイペースで飲み物を飲んでいる。先ほどから次々とボーイッシュにナンパされているようだが、適当に返している。彼女は倦んだ目で周りを見回し、やがて私に目を止めると、しばらく凝視した。

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連作短編集『Lの世界~東京編』#3 第三章:志織

連作短編集『Lの世界~東京編』#3 第三章:志織

第三章 志織 麻里絵にLINEしようとスマホの画面を開く。文章を入力しているうちに、やっぱり電話をかけてみようと思い直し、書きかけた文章を消した。もうお昼だし、さすがに起きているだろう。麻里絵の声が聞きたかった。

 電話に出た麻里絵は眠そうな声を出した。まだ寝てたんかい、と心の中で突っ込む。

「寝てたの? ごめんね」

「ううん、大丈夫。どうしたの?」

「いや、今度の土曜日って暇? 『COL

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連作短編集『Lの世界~東京編』#4 第四章:摩耶

連作短編集『Lの世界~東京編』#4 第四章:摩耶

第四章 摩耶 恋人と別れた時、前の恋人になんとなく連絡してしまう。それが女という生き物だ。相手に未練があるとか、相手とどうこうなろうと考えているわけではない。ただ寂しくて、ふと思い出して連絡してみるだけだ。

 3年間同棲していた平野正樹と別れた高槻摩耶は、LINEのトーク一覧をスクロールし、田村春菜とのトーク画面を開いた。トーク履歴は2年前で止まっている。最後のトークは、春菜が恋人ができたと報告

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連作短編集『Lの世界~東京編』#5 
第五章:レイ

連作短編集『Lの世界~東京編』#5 第五章:レイ

第五章 レイ 真夜中、午前二時。わたしは覚悟を決め、目の前にあるキャンバスに色を乗せていく。自分の理想の色になるまで、何度も何度も色を重ねる。

 わたしは一切下書きをしない。自分のなかにある内なるイメージを大切にしている。わたしが描くのは現実にはない風景や動物ばかりだが、実際にある写真などをモチーフにしながら描くことが多い。そのためわたしはどこかへ赴くと素材のための写真を撮ることを常としていた。

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連作短編集『Lの世界~東京編』#6 
第六章:晶

連作短編集『Lの世界~東京編』#6 第六章:晶

第六章 晶 自分がどこを歩いているのかよくわからない非日常的な不思議な瞬間がある。しとしと雨が降り続いている。僕の持つ傘に入っているのは、年若い美少年。なぜこんな展開になっているのか、どこをどうやって今ここにいるのか、必死に思い出そうとする。けれども思い出そうとすればするほど、傘を持つ手にも地面を歩く足にも力が入らなくなってくる。

「大丈夫ですか?」

 名前も知らない彼女が傘を自分の手に持ちか

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連作短編集『Lの世界~東京編』#7 
第七章:実花

連作短編集『Lの世界~東京編』#7 第七章:実花

第七章 実花 自分の顔が憎い。どこへ行っても人々に驚きと賞賛の視線を浴びせられる。この顔は呪いだった。誰も知らない。私がこの顔のせいで、どれだけ嫌な目に遭い、苦しんできたか。

 私は中学入学と同時に福岡の実家を出、上京して一人暮らしをはじめた。学校は公立の中高一貫校で、成績は申し分なかった。部活動は行わず、学校が終わるとすぐさくらさんのお店に直行した。

 さくらさんは新宿二丁目で『SAKURA

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連作短編集『Lの世界~東京編』#8 
第八章:早苗

連作短編集『Lの世界~東京編』#8 第八章:早苗

第八章 早苗 二丁目界隈きっての飲兵衛だけが集まる「泥酔の会」のグループLINEを開き、緊急招集をかける。参加した者の顔が画面に現れはじめる。

「ちょっとー、どうしたの、早苗さん」

 このグループの幹事である摩耶がすっぴんをさらしている。お風呂上りだったらしい。隣りには彼女のショウもいる。6人のメンバー中自分含め4人が集まったところで、早苗はもっともらしく咳払いをし、発言した。

「みなさまお

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連作短編集『Lの世界~東京編』#9 第九章:朝美

連作短編集『Lの世界~東京編』#9 第九章:朝美

第九章 朝美 友人にオフ会に誘われていたその日、会社を出ようとしたときに上司に資料の修正を命じられた。修正はたいしたことのない内容だったが、それでも30分以上はかかり、会社を出たころにはもうオフ会の始まっている時間だった。

 もともと、オフ会にはたいして期待していたわけではなかった。私には12歳年下の彼女がおり、一緒に暮らしている。問題はいろいろとあったが、辛抱強く彼女を説得してこちらが許容すれ

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連作短編集『Lの世界~東京編』#10 第十章:詔子

連作短編集『Lの世界~東京編』#10 第十章:詔子

第十章 詔子 あなたに初めてJackで会ったのは、私が19、あなたが20のときだった。名前を聞いた私にあなたは確かに言った。

「マユミです」

 でもすぐに首を振り、本当の名前を教えてくれた。

「詔子よ。詔の子」

「素敵な名前ね」

 私がそう言うと、あなたは曖昧に笑った。

 私は自分の名前と、学生である旨を告げた。

「詔子さんも学生?」

 あなたは首を振った。仕事はなにをしているのか

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