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脳出血(*_*)でも、1年1組リハビリ組①

「お役に立ちたい」シリーズが終わりに近づくと、内容がどんどん重くなり、書いている方も重いのだから、仕方なく付き合って続きを読んでくださっている方々の気持ちも重くさせているだろうな、とふと気になった。
今回は、ピリピリ星人を目くらましさせるために、黒い煙を立てるのではなく、たくさんのシャボン玉を飛ばして、パチパチとはじける音でやっつけてやろうと思いながら書いている。

最初の病院から転院し、5月2日に今の病院にやってきた。今の病院は回復期リハビリテーションの専門病院だ。駅からも近く、観光地も近い。2年前にできたばかりで、外観はホテルのよう。専門病院だけあって、各病棟にリハビリスペースがあって、自主練できるマシンも置いてある。リハビリ室に行けば最新のマシンや設備、ベランダで屋外歩行の練習までできる。

最初この病院のホームページををネットで見た時に、自分が行ける場所ではないと思った。高額の利用料金を払える人たち専用の病院としか思えなかった。しかし、ホームページには、親切にも利用料金のシミュレーションがあり、健康保険の種類や年収を入力すると月額の請求金額が分かる仕組みが付いていた。

前に書いていたと思うが、我が家は年金暮らしの夫と派遣会社で働く私との二人暮らし。収入が少ないと高額療養費の限度額が低くなり、自己負担額は少なくなる。計算してみると、前の病院で、個室ではなく大部屋にしていた場合の負担額とほとんど同じだ。入院前の説明もきちんとしてもらって、全てのオプションを断ったが、全く不便がない。それどころか、便利ばかりだ。ペーパータオルがあちこちにある。熱いお茶も冷たいお茶もお湯もいつでも汲みに行けるし、朝夕部屋までお茶を入れに来てくれる。
申し込みをしてから1週間ほどで家族面談をしてもらい、その数日後に受け入れ可能の返事をもらって転院した。

差額ベッド代不要の4人部屋にいるが、天井まで仕切りがきちんとされている。棚や机、備え付けの物入れ用の家具もあって整理や作業がしやすい。見守りが必要な患者はデイルームという広いスペースに移動して食事を摂るが、見守りのいらない私は部屋まで毎回食事を持ってきてもらえる。

この4人部屋には、私の他に、介助をしてもらって車椅子移動の70前後のKさん、自分の足で自由に車椅子を漕いで移動できる71歳のOさん、杖をついて歩けるけれど、よろけやすいので、移動のたびに見守りをしてもらっている91歳のHさんの3人がいる。普段はカーテンを引いて、それぞれのスペースでそれぞれに過ごしている。

ある時、私がリハビリから戻ってきた時にOさんがカーテンの隙間から、「元気ねえ。」と声をかけた。私は自分のスペースに入りかけたが、立ち止まり、その声のトーンで悪気のない言葉だと判断して、その隙間にお返事をしてみた。「いえいえ、元気そうで元気じゃないの。痛い、痛いってずっと思ってて、痛いって考えるのを紛らわそうと思って歩いてるんです。」カーテンの隙間から彼女の心配そうな顔が見えた。思い切って、「少し開けてもいいですか。」と聞くと、「どうぞどうぞ。」と答えてくれたのでカーテンを少し開けた。

彼女の前の机は展示会場のように折り紙で作られた素敵な作品が山盛りだった。リハビリに来られるスタッフさん達が彼女のカーテンを開けるたびに「わあすごい。」と言っていたのはこれのことだったのか。私も同じように「わあすごい。」と思わず声を上げた。彼女の折り紙作品は病棟のあちらこちらに飾ってある。この時もそうだが、彼女と話す時は、話しながらも器用な指が動いていて、知らない間に手の中に作品ができていたり、大作の部品ができて、ポンッと前に置いたかごに飛ばされたりする。今は季節に合わせて紫陽花の二作目を制作中だ。今の階で飾られているのを見た他階のスタッフが依頼したらしい。それくらい、素敵な作品だ。

カーテンの隙間からOさんと少し話した日から、Oさんは一人になりたい時や寝るとき以外は、40センチほどカーテンの隙間を開けるようになった。話しかけてもいいというサインのようだ。彼女の方から、リハビリ終わったの、とか、行ってらっしゃいなど声掛けしてくれることも増えた。

それでも、大部屋での距離感はある程度必要と思っている私は、ほとんどカーテンを閉めている。
でも、ある日Oさんが朝早く廊下の突き当りのパノラマのような大窓から外を眺めている時に、私もたまたま早起きし過ぎたので横に座りに行くと、彼女の心の中をたくさん語ってくれた。彼女の家族は、彼女が帰れる心の空間を用意していないようだった。

私は言語聴覚士(ST)さんに毎日宿題のプリントをもらっている。職場復帰を考えて、そのプリントを問題ごとノートパソコンに入力し、プラスアルファ何かひねりを入れて課題を解いてSTさんを笑わせるのが楽しみだ。例えば4コマ漫画のセリフを考えたり、今は四字熟語やことわざの意味だけでなく例文を面白おかしく作っている。面白過ぎて答え合わせの時に自分が笑って読めなくなってしまったことがあるので、ひねりも、いや、イチビリもほどほどにしないといけないと反省した。

リハビリが終わって、私が宿題をするのを楽しんでいると、Oさんが「今何してるの?」とカーテンの向こうから声を掛けてきた。たぶん私がイチビリを考えすぎて、ププッと声を漏らしてしまったのかもしれない。「お勉強のね、宿題。」と言って私のスペースもカーテンを開けて、彼女にプリントを見せた。「異口同音、前人未到、危機一髪…、」下に意味を選ぶよう選択肢がある。そうだ、危機一髪の例文で、彼女とのデート中におならが出そうな話の例文を考えていて、ププッと笑いを漏らしたのだ。

例文のことは言わず、どれがどの意味だと思う?と言いながら彼女と一緒に解いた。彼女は、「へえ、こんなに難しい宿題とかリハビリしてるの?」と聞くので、「リハビリは、もっと面白いクイズみたいなことやってる、私は迷路が苦手で中々出口まで行けないの。」と言うと、へえ、私もやってみたいわ。」と彼女が言った。

次の日、開けられたカーテンから彼女が何かプリントをしているのが見えた。「何してるの?」て聞くと、「リハビリの先生に、前の部屋の人みたいに勉強したい、て言ったら、くれた。」と言って、算数の問題を解いている。私は、私のせいで彼女のリハビリの先生に迷惑をかけてるんじゃないかと気になった。途中で彼女が笑い出した。彼女が、「これ見て。私足し算なのに引き算してた。」と言うので覗き込んで見てみると、いくつか印が付いていて、やり直しをしているらしい。他のプリントも、先生といっしょにやって楽しんでいるようだ。「先生が漢字のプリントを丸付けしようとしたら、ぼくも分からん、て言って、他の先生と3人がかり。」なんだか先生も楽しんでいるようだ。

看護師さんとOさんとのやり取りが聞こえてきた。算数や漢字のプリントで盛り上がっている。よく聞いてみると、リハビリの先生と折り紙もやっているらしい。看護師さんが、「○○先生がこれ作るって、イメージと合わないわ。」と言って笑っている。
だんだん事情が分かってきた。彼女は脳の疾患でリハビリを受けているわけではないようだ。年齢を考慮して最初は私と同じように脳機能の検査をして、認知面で問題がなかったみたいだ。私が今、自分で希望して受けている言語聴覚士(ST)さんのリハビリは、彼女の毎日の3時間のリハビリのメニューには組まれていないらしい。

この病院のリハビリスタッフは、前の病院で私の心を支えてくれた理学療法士(PT)さんのように、患者の心を第一に考えてくれる療法士さんがほとんどだ。彼女はもう歩くことは危険と医師に診断され、寝たきりになるのを防ぐために車椅子で移動するしかない。「歩けない」という現実を彼女はまだ受け入れられなくて苦しんでいる。直接的に「歩くな」と言うのではなく、車椅子移動がスムーズにできるよう「足の筋肉をつけましょう」と言ってリハビリをしながら、彼女の得意な折り紙をリハビリの先生が一緒にやって、彼女の苦しい心の隣に座っているようだ。

折り紙を一緒にやっている療法士さんが言語聴覚士さんに頼んでプリントを分けてもらっていることが分かった。
別の日、彼女がやっているプリントの一枚が目に入って驚いた。私が苦手な迷路だ。しかも、すでに出口から出ている。「Oさん、これどれくらいで出口まで出たの?」と聞くと、「ああ、こんなのすぐよ。5分もかかってない。」私が15分もかかって、遅いですね、と言われたのと同じ迷路だ。私が遅いのがはっきり分かった。

彼女に、迷路の他にどんなことをしているか聞かれたので、ナンプレのことを説明しようとして1から5までの数字を入れるクイズみたいなのをしてる、と答えた。彼女は頭をひねってから、「1から9まで入れるのは、やったことあるわ。」と言うので、私はまた驚いた。言語聴覚士さんが、9×9のことを数独と言って難しいと言ってたのを思い出したからだ。「それ、数独ですか?」と私が言うと、彼女は「知らない。新聞に載っているの解いてる。星3つくらいのはなかなか解けないけど、星1つとか2つの日はすぐ解ける。」

その日私の言語聴覚士さんのリハビリの時間にそのことを話したら、彼女の療法士さんに連絡をしてくれたみたいで、ふと見ると彼女は5マスのナンプレのプリントを手にしていた。私の目の前であっという間に解いて、コツまで教えてくれた。すごいね、頭いい!とお世辞ではなく本気で言うと、「そんなことないの、私計算すぐ間違える。」と言って、計算のプリントを私に見せる。うーん、ほとんど合っているけど、ほんのたまに足し算を引き算にしたり、掛け算にしてしまっている。「わー、ここまでできてるのに惜しいね、ここ足し算なのに掛け算の答え書いてますよ。掛け算の方が難しいのにねー。」と思わず言うと、彼女は、「私ばかでしょー、あはははは。」と言って顔いっぱいに笑った。ばかなんて。彼女は頭がいいし、優しい。

私がリハビリのあとお風呂を終えて部屋に戻ると、珍しくHさんがカーテンを少し開けて、車椅子のOさんと話している。Oさんが解いているプリントがHさんの手にあり、Oさんと私のやり取りみたいに、足し算のつもりが掛け算になったという話をしているようだ。私も加わり答え合わせに付き合っていると、Hさんが、自分もしてみたいと言い出した。私がどうしようと困っているところに、看護師さんが来てくれて、あら何、この部屋楽しそう、勉強で盛り上がってるの?と聞いてくれたので、Hさんも、このお勉強したいんですって、と私が言うと、あら、療法士さんに言って来る、と言って部屋を出て行き、すぐに私の担当の言語聴覚士さんが現れて、Hさんに合うプリントを持ってきてくれた。Hさんは「私できるかしら。」と言いながら、言語聴覚士さんに持ってきてもらった鉛筆を使って、すぐにプリントを解き始めた。

看護師さんが次に現れた時には、みんなプリントを目の前に置いていた。彼女は、「何この部屋、みんなお勉強してる。」と言う。私が、「年をとるとお勉強が楽しいの。」というと、いつも不安な顔をしていたHさんが顔を上げて、「私ら1年1組やわ。」と言った。Oさんも楽しそうにプリントを解いている。みんなでワハハハと笑った。

次の日、私は、いつもカーテンを閉めて寝ているKさんが、リハビリから帰ってきたタイミングで思い切って声を掛けてみた。「おかえりなさい。私、うるさくないですか?」すると、彼女は優しそうにニコニコして、「ううん、ずっと聞いてるよ。うるさいなんて。面白いわ。」よかった。彼女も1年1組の仲間だ。



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