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脳出血(*_*)でも、お役に立ちたい⑫

梅雨の晴れ間。
カーテンを開けて外を見る。窓の下は墓場だ。所々に花が飾ってあり、きれいに整備されている。オバケが怖い私はこの病院に来た最初の夜、怖くて寝れるのか心配だったが、睡眠剤と神経薬の副作用でほとんどの日ぐっすり眠れている。

窓から傘をさす人はいないことを確認して、棚の中から黄色い帽子を出した。理学療法士(PT)さんが来る前に黄色い帽子を被っていると、必ず外に連れて行ってくれる。Oさんが、「いいわね、外行くの?私は自分で歩けないから、たまーに、気晴らしに車椅子で連れて行ってもらうだけ。でも、昨日は行った。ガクアジサイは終わりかけだった。今の季節、きれいに咲くのは何かしら。」Hさんが「ボタンとちがう?」ふんふん、そうかも。でもこの辺にないなあ。私は、「主人が庭に蓮を植えてる。もうそろそろ咲くのかも。」等々、3人で話していると、Oさんのところによく来るイケメン療法士さんが部屋に入ってきた。私がその先生で目の保養をしていることを知っているOさんは、私を横目に見てふふっと笑った。意外なことに、彼はOさんの所に行かず「Hさーん、リハビリでーす。」と言いながら3人の前に立った。私は内心いいなあと思いながら、ニコニコして「3人でお花の話に花を咲かせていました。Hさん、行ってらっしゃーい。」とおりこうな言葉でHさんを見送った。

その後、私の主担当のPTさんが迎えに来た。黄色い帽子を被った私を見て、「今日は日差しきつそうね。だいじょうぶ?」と言いながら、自分も腕に日焼け予防のカバーを着けている。二人とも準備万端。外に出る前から女子トークが始まる。娘よりも若くて素敵なPTさんとのおしゃべりは楽しい。歩く。歩く。さっき言ってた蓮の花を栽培しているところを見つけた。ちょうど偶然蓮の花の話をしていた時だった。いつも通っていたのに気が付いていなかった。大きなピンクのつぼみが上ににょきにょき伸びてきたから目に入ったのだ。「あれです、あれが蓮の花。」私が言うと、「ええー!あんなに大きいの?」とPTさんが驚いて立ち止まる。「花が咲くともっと大きいのよ。私が家に帰るとまずお庭で蓮の花が見れるかも。楽しみ。」と言いながら歩みを進めた。今日はいつもよりも、難しい道を歩いた。信号機のない横断歩道を小走りしたり、がたがたで斜めになっている坂道を登ってまた引き返した。引き返して下りる方がバランスを取りにくくて難しかった。でも、帰ってからどんな道も気を付けて、しっかり歩くための練習。そう、どんな道が待っているか、楽しみ。

病院に戻ってエレベーターが1階まで下りてくるのを待つ。1階のエレベーターの扉の上にはモニター画面があり、箱の中の人の様子が見えて面白い。
私が、「ねえ、この箱の中で、(おそ松くんのイヤミの)シェーってやったら、下にいる誰かがびっくりして笑うかもねー。」と、到着したエレベーターの箱の中に移動しながら言うと、PTさんは、「R(私の名前)さん、できるの?」と笑いながら答える。私が「そうだ、私、片足立ちできない、てことはシェーできなーい。それじゃ、○○(PTさんの名前)先生がやってくださいよお。」とお願いすると、「嫌です。私業務中に何やってんだって叱られるじゃないですか。」と返されたので、「それじゃね、私がシェーしろって脅迫したことにすればいいでしょ。」と私がゲラゲラ笑いながら言うと、「そんなこと言えなーい。」とPTさんが答えた時にエレベーターが私のいる階に到着して二人で笑いながら扉から出た。最後に私が、「あのね、先生はこうやって(あごの所に手をやり首をかしげるポーズ)、『怖かった。』っていうの。吉本新喜劇の、ほら、未知やすえのアレです。」と言いながら、お疲れさまでした、となって別れた。

ここで前の病院での出来事に戻る。
今回が「でも、お役に立ちたい」最終回だ。
この出来事は前の病院での一番嫌なことだったし、書くことをためらっていた事だ。

2回目の腸カメラ、検査だと言って騙されて手術されたのが木曜日。金曜日にはカンファレンスがあった。嫌なことがたくさんあって、夫が電話をかけてきた時に、腸カメラの前の処置で不潔な扱いをされて、お尻が気持ち悪いことを訴えたせいかもしれない、水曜か木曜に看護師二人がやってきて、ベッドの上で「陰部洗浄」とやらが行われた。前に書いていたように、説明を受けていないことだったので、いくら女性同士といえど嫌なことだったが、拒否することもできなかった。そしてその次の朝からは、朝にトイレを済ませた後に女性看護師がポータブルトイレから立ち上がった私の陰部を洗浄剤で立ったまま洗って拭いてくれるようになった。

2月12日、日曜日の朝、一番嫌な事が起こった。ヒントは上にある。
「いくら女性同士といえど嫌なこと」が再び起こった。
朝7時半、そいつはノックもせずに急に個室に入ってきて、それをやらかした。ベッドの私の足元で自分の体重を私の足に乗せて肘で私を押さえつけた。当時私は右手で手すりを持って、やっと立てるぐらいの状態だ。逃げることはできない。
一日中頭痛に苦しめられていて枕の上にアイスノンが乗っているので、頭が起こされていて、そいつが何をしているのか全て見えていた。個室のドアが固く閉められているのも見えた。どれだけの時間どこに目を向けていたのかも知っている。必要以上にどこに顔を近づけていたのかも知っている。
そいつは、寝たきりではない私に不要な、仕事をしたという証拠作りをして出ていった。私はそいつがしゃがれた声の高齢の女性介護士と思い込んで黙っていた。
でも、やっと入院して2回目のシャワーをしてもらった2月14日に、廊下でそいつが「ぼくね」と他の患者に話しかけているのを聞いてしまった。

まさか、リハビリ医がそいつをかばうとは予想できなかった。
私は、そいつが男と分かった日の夜、一晩中眠れなくて、手元にスマホを置き、2月12日の出来事の詳細をメモアプリに綴った。
部屋にそいつがいきなり入ってから出ていくまでのことは、私の頭の中で何度も正確に再生され続けていたのであっという間に書けた。
私は一人きりでいる個室にそいつがまた入ってくるかもしれないという恐怖の中にいた。
翌日の早朝、姉に電話をした。怖いから今すぐここから出たい、姉の家の近くに病院を探してほしいと言った。夫は今の病院より少しでも遠くなるともう来れないと思ったからだ。次に夫に電話した。夫は話を聞くものの、落ち着けと言うばかり。予想通りだ。朝、看護師長に来てもらい何があったか話した。彼女は平然と、そいつは今まで問題を起こしたことがない、看護師がオーダーした業務を行っただけとかばい続けた。次の日に当時の主治医のリハビリ医に来てもらい、布団の中で綴ったメモを彼に読ませた。そして、一刻も早く転院させてほしいと言った。彼はその時に誠実なふりをした。私のことを思いやるふりをした。そして、「病棟を替わって様子を見ませんか。」と言った。
私も夫も騙された。彼は私の再現メモなど、読むふりしかしていなかったのだ。

3月28日、急にリハビリ病棟に行く前の説明と言って、関係者が集められた。リハビリ医は、「例の彼」などと私をばかにする言い方で、私が行くことを楽しみにしているリハビリ病棟でそいつが働くと、平気で言った。混乱してその場で何も言えなかった私は病室に戻ってからリハビリ医を呼んだ。そして私が、彼のせいで私は傷付いたと言っていたのに、私の心を切り捨てたでしょう、と話すと、医師は、ずっと前から「例の彼」がリハビリ病棟で働くことが決まっていたのに、予定を変えると「(例の)彼」の心が傷つくと平気で言った。
私はやっと元々リハビリ医に騙されていたことに気づいたのだ。

最初に私が転院を希望した時に、リハビリ医が「病棟を替わって様子を見ませんか。」と言っていたのは、私を思いやる言葉ではなくそいつとリハビリ医の時間稼ぎのための言葉だったのだ。リハビリ医はその後「他にやりたいことがあるから」と言って常勤から週1の非常勤になって今まで担当していた患者を簡単に捨てた。そいつは、自分がやらかしたことの証拠はないし医者も看護師もかばってくれるから、私が時がたてばあきらめて何も言う気がなくなるだろうと、安心してリハビリ病棟で働くことを楽しみにしていたのかもしれない。

私は、私の大好きなリハビリ友だちに謝らなければならない。
彼女と初めて話をした日、私は彼女にその話をしてしまったのだ。なぜ5階から8階に移ったのか、その事情を説明するために、そいつがやらかした事を話した。彼女はその時の私の心を思いやってくれたが、私は軽率だったと思う。まさかその事実が後に彼女の心の負担になるなんてその時は想像できていなかった。
数回彼女と話すうちにさらに仲良くなり、4月に病院横の建物内に新設される、リハビリ病棟にいっしょに行く日を二人で楽しみにするようになった。どちらかと言えば、私の方が彼女を誘った形だ。
私がリハビリ医の裏切りを知ってから、私は食事もリハビリも拒否して布団にもぐっていたが、3日後、シャワーだけは入ろうとふらついた足で廊下の壁伝いに進んでいるとシャワー室の前で彼女とばったり会った。私が「リハビリ病棟に行けなくなった。楽しみにしてたのにごめんね。」と言ったとたん、人前では絶対に流れないはずの涙が勝手に流れてしまった。

私のリハビリ友だちは、リハビリ病棟に行くことは怖かっただろうと思う。彼女にそんな怖い思いをさせることになるなんて。分かっていたら話さなかったのに。でも分かっていたら彼女と出会っていない。やっぱりそいつがやらかしたことで私が怖がっているのを知りながら私が転院するのを妨害したリハビリ医が悪い。
彼女は本当ならもっと気分よくリハビリ病棟でリハビリを受けられていたのに、彼女の心に私の苦しさを分け合う負担をかけさせてしまった。
ごめんね、私の大切な友だち。

リハビリ友だちと出会えて、離れていても同じ空を見上げることができる、今の幸せを考えて生きていこう。


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