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建築家の社会的責任とこれからの建築家像——坂茂作品の魅力を知る3つの視点


こんにちは、ロンロ・ボナペティです。

今回は大分県で見ることができる坂 茂さんの建築をご紹介します。
以前こちらのnoteに書いた槇文彦さんの風の丘葬祭場も大分でしたが、大分にはわざわざ足を伸ばしてまで立ち寄りたい建築がたくさんありますね。
旅行や出張で九州に行く機会があれば、ぜひ建築巡りも楽しんでみてください。

さて坂 茂さんと言えば、建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞も受賞している世界的建築家です。
日本での評価よりもむしろ、海外での評価の方が高いかもしれません。
精力的に作品をつくる傍ら、自然災害の被災地の災害支援にも力を入れて取り組んでいて、建築家の社会的責任にとても意識的に活動されています。
そのどちらもが常人には到達できないクオリティーと物量で、それがプリツカー賞を受賞した理由でもあると思います。
ただわたしにとって坂さんは長らくどういう建築家なのか理解が難しく、あまり注目してこなかった建築家のひとりでした。
大学の近現代建築の授業でもル・コルビュジエからはじまり前川國男、丹下健三を経て磯崎新やメタボリズムグループの活動、そして伊東豊雄さんなどの野武士世代へ至るという流れを中心に説明されます。
この流れが掴めていると、いま日本で活躍している建築家たちがどんな立ち位置なのか、大体把握できるようになるのですが、坂 茂さんはその流れとは異なり、アメリカで建築教育を受けてキャリアをスタートさせた建築家です。
したがって授業を受けているだけではわからないのは当然と言えば当然なのですが、坂 茂さんほどこれからの建築の可能性を孕んでいる方もなかなかいないと思うので、わたしなりの理解をまとめてみたいと思います。
坂さんの活動は建築以外のことにも応用できそうな汎用性のあるものだと思いますので、ぜひご自分の分野に置き換えて考えていただければと思います。

目次
◆「作品」の捉え方の違い(無料公開はここまで)
◆構造・構法に対するコミットメント
◆災害支援と作品づくりの根底にあるもの


今回見てきたふたつの作品、「大分県立美術館」と「由布市ツーリストインフォメーションセンター」のレポートはこちらに書いているので、本記事を読んだあとはそちらも読んでいただけるとうれしいです。


◆「作品」の捉え方の違い
坂さんの作品を見ていると、ある作品で試みられたアイディアが、ブラッシュアップされて次の作品に活用されているケースをよく見ます。
それは構造形式であったり、部材の組み立て方であったり、部材そのものの製造方法であったり、部材の運搬方法であったり、広い意味での建築の「つくり方」ということができます。
たとえば「由布市ツーリストインフォメーションセンター」の写真を見ていただくと、2010年に韓国で竣工した「Heasly Nine Bridges Golf Club House」との類似性を感じることと思います。

「由布市ツーリストインフォメーションセンター」2018

「Heasly Nine Bridges Golf Club House」2010
坂茂建築設計HPより

これは単にデザインが似ている、と片付けてしまうのではなく双方の作品をつくる過程も含めて考える必要があります。
これらの建築は木材の集成材(薄くスライスした木材を重ねて密着させて部材)を用いることで大きく湾曲する柱・梁を実現していますが、こうした新しい木造建築の可能性は「ポンピドゥーセンター-メス」から取り組んでいるもの。
この手法は日本の伝統的な木造建築のつくり方とは異なり、コンピュータによるモデリングをもとに工場で複雑な3次元加工を行い、現場では組み立てるだけで建物が建ち上がるというもの。
こうした新しい木造建築の可能性は、ヨーロッパでは試みられてきたものの日本ではなかなか実現できなかったもので、由布院ではこの手法を日本でも実証することが重要だったと考えられます。

もちろんほかの建築家も、ある作品でうまくいった部分をほかに応用することはよくあります。
しかしあくまで個々の作品で実現したいアイディアが別にあり、それをスムーズに解決するための「手法」として過去の成功例を活用している、という印象です。
一方の坂さんは、そうした「手法」それ自体を「作品」として捉え、個々の建築でブラッシュアップしながら新しい建築のつくり方を模索している、という感じ。
すでに効果検証ができている方法を活用するわけですから、依頼者に対する説得力も増しますし、スタッフレベルで判断できる範囲が広く、個々の作品に坂さんが投入するエネルギーも少なくて済む。
そうすると坂さんがどんどん次の新しいことを考えているうちにスタッフの手で作品がどんどん建てられていく。
東京、パリ、ニューヨークの世界3カ国に事務所をもち、ほかの建築家を圧倒する量の作品を生み出すことができるのは、そのためだと思います。
建築においてそのつくり方に注力する、というと当たり前のことのように感じてしまいますが、少なくとも日本の建築界の中ではかなり特異な姿勢なのではないでしょうか。

多くの建築家は、個別の状況に対する最適なかたちを、その都度ゼロから考えている印象です。
したがって代表作と呼ばれるような優れた作品も、どこかに同じような作品を建てているかというとそんなことはなく、どの作品もそれぞれが一品生産の発明品ということになります。
ひとつひとつの作品に投入するエネルギーは必然的に多くなり、それほど多くの建築を設計することはできません。
良い建築の絶対数を増やしていくことが社会にとってもメリットでもあると考えると、汎用性のあるアイディアが一度切りしか使われないのはもったいないなぁと思うのですが、それを世界中で展開してるのが坂さんなんですね。
こうした考え方は、家具を建物の構造として活用した「家具の家シリーズ」や、今や坂さんの代名詞ともなった「紙の建築シリーズ」でより顕著に見られる点です。

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