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デザイン教育のデザイン——2: デザイン教育プログラムの設計と可視化

「デザイン教育のデザイン」として、筆者が2009年から2021年まで携わった美術系専門学校4年制デザイン学科の教育プログラム、その設計プロセスについてこれまで二回にわたり記事を公開しました。

前回はその基礎となるデザインの定義。またコミュニケーションデザインという学科の冠について検討し、またその要としてタイポグラフィ系授業を設定したことについて、お話をしています。

最終的なデザイン教育プログラム

今回は本格的な各論にはいる前、2020年段階のデザイン教育プログラムについて紹介をします。これはいわばひとつの完成系となるものです。その成果の客観的一例を挙げるとすれば、まず専門領域における就職率があると想像します。社会的な風潮も大きく影響することですから、一概に判断できるものではありません。

しかし2009年時点における専門領域における就職率は、かなり低かったのが現状です。専門学校の場合、就職率が対外的評価に影響します。したがって表立って公開するデータには専門領域——つまりデザイン系職種系以外のもの——も含んだ数値で公開されます。

ここでは詳細な内実を公開することはできませんが、2009年以降、教育プログラム改変を経て、ひとつのピークとなった2016年卒業年度生においては、専門職への就職率が90パーセントを超えることとなりました。さらにこの頃から2020年度までのあいだ、いわゆる良質な企業への就職傾向が増加しました。つまり、かつては視野に入っていなかったレベルの企業に、大手大学と競いながら内定を獲得する傾向があきらかに増えていったのです。教育プログラム設計にあたり目指した、従来のアートスクール的デザイン教育に依存しない方針が身を結んだのかもしれません。

領域のパッケージと可視化

4年間を横軸に、各学年前後期にわけタイムラインが流れる設計となっています。この設計において、まず重要なのは個々の授業内容はもちろん、それぞれの関係性を可視化した構造としたところです。

「領域」と呼称し、学科内にラインを引くこと。ここでは基礎領域、タイポグラフィ領域、インタラクティヴ領域、プロモーション領域、環境領域、プロジェクト領域と分類しています。それぞれの領域がパッケージされ、学生各々が進路や適正に即し受講すべき授業がパッケージされた表示としました。

従来のプログラムにおいては、週間単位……いわゆる時間割形式で公開されており、それは学生の視点において、日々のスケジュールは確認できるものの、授業同士の関係性が見えづらい、もっといえば意識できないアナウンスとなっていました。

そのため、あきらかに違和感のある授業選択をおこなう学生が散見されました。いくらガイダンスなどで指導をしたところで、教育プログラムの意図がわかりやすく可視化されていないと、こうした不具合は当然起きてしまいます。

2009年ごろの段階では、授業プログラムを検討することは授業のタイトル、内容、担当講師の更新を意味していました。過去の記事にあったように、新たな授業が継ぎ足されてゆくもの。一方、授業同士の関連性を明確にすること、それから内容が重複しているもの、全体のなか効果がみられない授業は削除すること。そうしてシェイプアップする方向で、まずはおおきな構造をつくることとしました。

またこうして領域別に構造化するなか、それぞれの領域における担当講師同士のミーティング、ディスカッションも頻繁におこないました。各領域における、その入口から出口までの段階を意識すること。それぞれのなかで、何を基礎とするか。何を応用とするか。さらには他の領域との接続をいかにおこなうか。こうして各担当講師が、4年間のデザイン教育プログラムなか自身の授業の位置付けを自覚し、さらには前後の流れを意識できるようにしました。なにより、こうしたディスカッションを繰り返す中、各領域における役割を言語化できたことは、その後とても大きな楔となりました。

最終的には以下のようなテクストで、この教育プログラムを説明することとなりました。

四年間の修業期間のもと、デザインの今日的な基礎を体得する「基礎領域」、ヴィジュアルコミュニケーションのかなめとなる活字組版をまなぶ「タイポグラフィ領域」、ひととひと、ひととメディアの関係をデザインする「インタラクティヴデザイン領域」、広告や販売促進をあつかう「セールスプロモーション領域」、サイン・デザインを軸として都市景観までを計画する「環境デザイン領域」、それから各領域の総合たる「プロジェクト領域」と、合計6つの領域から、在校生おのおのは専門性を身につけています。

タイポグラフィ領域

かつて高学年を対象とした小さなクラスであった、タイポグラフィ系授業は1年次の基礎領域から登場し、以降4年次まで段階的に進行するようになります。もちろん途中からは、より専門度の高い書籍形成術となってゆきますが、前半において、それはすべての視覚情報領域に通じる活字組版の術を扱う内容となっていきます。

プロモーション領域

こうしてタイポグラフィ領域が前傾化することで、結果として並列化したのはプロモーション領域。ここでは前身となった視覚伝達デザイン学科の授業を多く踏襲しています。一方、内容のほうは産学連携やブランディングなど、いわゆる一枚ものの広告制作にとどまらないプロジェクト形式として授業内容を一新することになります。

インタラクティヴ領域

かつてウェブ制作とされ単発の授業であったものは、インタラクティヴ領域としました。ここではエクスペリエンスデザインとユーザーインターフェースの2項目を行き来する内容としました。いわゆるデジタルコンテンツ制作にとどまらず、人間の行動からデザインをすること、それに基づき情報設計をおこない媒体化してゆくこと。それまでこの学校では新しいカテゴリとして、どこか恐る恐る消極的に扱っていたものを、人類の本義に遡りながら領域内授業を検討することとなりました。

環境領域

環境領域もまた、それまでは単発授業だったものを拡張した形式となります。コミュニケーションデザインという言葉が指すものを検討するなか、プロモーションやインタラクティヴメディアのほか、サインデザインなど空間・環境における情報設計も必要であると認識するに至りました。環境におけるグラフィックスは数多存在するものの、一方、それはあわいの範囲にあり、グラフィックデザイナーや建築家など複数の領域が手掛けています。反対に言えば、国内の大学・専門学校のデザイン学科においてサインデザインの専門的な授業が開講されているケースは稀です。また対象の規模感もあり、リサーチ、フィールドワークをおこないながら、ディスカッションと試作を繰り返すプロセスも、このデザイン教育プログラム更新において、とても重要なものでした。

プロジェクト領域

それからプロジェクト領域を設置したことも重要です。ここでは産学連携プロジェクトをはじめ、長期間のグループワークを実施するものでした。学生各々が各領域において習得した技能をOJT的に実践する機会を設けることも、この教育プログラムにおいて要となるものでした。

基礎領域

最後に基礎領域。この設計に一番時間がかかったかもしれません。つまりデザインにおける今日的な、あるいは普遍的な基礎が何であるか。それを定義する必要がありました。遡ってアートスクール的に解釈すれば、それはデッサンに。あるいは専門学校としてみればコンピュータオペレーションに。もちろん、それを軽視する必要はありませんが、そもそもこのデザイン教育プログラムは、そこへの懐疑から出発しています。

ここでは、そうしてデッサン、コンピュータオペレーションを開講しながら、同時にフィールドワークやワークショップ形式の演習も基礎領域として導入することになりました。すくなくとも2009年当初、この美術専門学校ではこうしたスキルを応用的なもの——つまり就職活動などにあわせトレーニング的に実施するもの——という認識がみられました。しかし、こうしたインプット/構想に関わるトレーニングを基礎とし、以降、繰り返すことでデザインワークの身体性を整えてゆくよう、仕向けてゆくことになりました。

ここで要と設定したのは、筆者が担当した『デザイン演習』と題した通年授業です。デザインの基礎とは、いったいなにか。そこではいかなる授業を実施したのか。次回はこの基礎演習について詳細を紹介いたします。


13 February 2024
中村将大

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