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神楽岡久美さんのためのデザイン

現在開催中の展示会『わたしのからだは心になる?』。出展者 神楽岡久美さんに関するグラフィック・デザインを中村が担当しております。

今回、使用した活字書体はLinotype Didotと本明朝新小がなM、本明朝Bold、游築5号かな。また構成においては、作為的に罫線を活用すること、グリッド性を強調することを意識しています。

神楽岡さんの作品群のタイトルであり、そのステイトメントは「美的身体のメタモルフォーゼ」。過去事例のリサーチをつづけながら、未来における身体美のありかたを予見するような拘束具様のシリーズを制作されています。

さて今回、デザイン・ワークにおいて中村がめざしたのは、作家や作品群にたいし巫女やイタコのような仲介役に徹することでした。これまでの活動のなか、神楽岡さんご自身が手がけられてきた視覚情報のかたがあります。その適切な延長のかたちと、この展示にあわせ、神楽岡さんご自身が脳裏にうかべていらっしゃるイメージ。その接続をめざすこととしたのです。つまり「作家自身が手がけたような」あるいは「かつてから、ずっとそうであったような」ヴィジュアル・コミュニケーションのデザインを形成すること。

さまざまな視覚要素のなか、最初に確定したのは欧文書体でした。Linotype Didot。フランスにおけるモダン・ローマン様式を代表する活字書体Didotのリイシュー。これを手掛けたのはアドリアン・フルティガー。Universeを設計した名匠です。

スマートフォン・アプリケーションにおける盛り加工に整形手術、脱毛、ボディメイクにヘアスタイル、ファッションやアクセサリ。あるいはコルセットに纏足、刺青、ピアス、抜歯、割礼……などなど。ある美的基準を達成するため、積極的に身体を変化させるいとなみは、人類の歴史とともに古今東西、数多存在します。

今回の展示において神楽岡さんは、これを装飾/拘束/欠損の三項目に分類し、リサーチ成果をプレゼンテーションされています。おもえば人類のはじまりは石を削り、それをもって環境を制御せんとした石斧 (Hand Axe)にはじまります。ものごとを対象化し、手をほどこしてゆくこと。これはデザインの原風景ともいえるでしょう。それは時に自身の身体もまたその対象となるのです。

それでは、装飾/拘束/欠損。これらの要素をもつ活字書体とはなにか。そもそも活字書体そのものが、なにかしらの装飾性、拘束性、欠損性を孕んでいます。字体・字形 (Glyph) にたいする書体 (Typeface) は、まさに装飾のちがいといえますし、活字はその構造ゆえ、必然的に矩形型ユニットに拘束されることになる。

また元来、連綿と記されていた和字が活字化にあたり分割されたように、活字としての構造化のなか、ほんらい備わっていた要素が欠損しながらも、結果として意匠化した事例はおおく存在します。

Didotに代表されるモダン・ローマン体の時代をみれば、それ以前にみられた活字書体の様式から、おおきな変化があることがわかります。あたかも定規を使用したかのような水平垂直線。直立に補正された構造。誇張され意匠化されたセリフ。縦画横画それぞれの極端な濃度差……そこにあるのは身体性を欠損させたうえで、グリッド的な拘束がなされた構造と意匠です。活字書体においても装飾され、拘束され、欠損するのは、身体性なのかもしれません。

活字に内包されるグリッド的拘束。それを極端なまでにメタモルフォーゼさせたモダン・ローマン体。この意匠と構造によびだされるようにして、和文書体や罫線——それは元来、分割を目的とした機能であるものの、結果、意匠としての装飾性をおびてくる——のあつかい、グリッド・システムの設計、そして構成をみちびいてゆくこととなりました。

ある「かた」に身をゆだねるうち、ひとつの「かたち」としてヴィジュアル・コミュニケーションのデザインが結実してゆくこと。こんかい、そうした感覚をいっそうつよく覚える機会となりました。

とてもおおきな経験をいただきました。
神楽岡さん、ありがとうございます。

なお今回の英文組版にあたっては、河野三男さんにご確認・ご指導をいただいています。
あわせて御礼もうしあげます。

『わたしのからだは心になる?』展は11月19日 日曜日まで東京有楽町で開催中。

10月22日 日曜日には、神楽岡久美さんらによるトーク・イヴェントもおこなわれます(詳細は『わたしのからだは心になる?』展の公式Instagramをご覧ください)

『わたしのからだは心になる?』展
会期|2023年8月30日 水曜日—11月19日 日曜日
会場|SusHi Tech Square(東京都千代田区丸の内3-8-3)入場無料
主催|東京都

9 October 2023
中村将大

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