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nero 2


風の吹いていないタイミングで、小汚い人家の二階の窓が、ガタガタ震えた。不気味、窓ガラスの内側に小さなヒトデのようなものが、たくさんこびりついていた。それは無数の子どもの手のひらだった。
攻撃的なほど大きな音とともに、窓ガラスが開いた。そこから降ろされたロープをつたって、4人の子どもたちが続けざまに下りてきた。なかなかかっこいい登場の仕方。人家の一階はほとんど雪に埋もれていたけれど、ロープの長さは、その白い地面の高さにぴったりだった。
彼らは羽子板のようなものを、靴の裏に装着していた。そのおかげで、雪の上を歩くことができた。足の裏の表面積を大きくすることで、雪にかかる圧力を分散させて、沈まないようにする工夫だ。
彼らは足の裏を雪面に水平に接地しながら、ペンギンに似た愛嬌のある歩き方で、ネロのそばまでやって来た。浅黒い顔をした子どもたちで、ため息に乗じてなんとか喋っているかのようだった。
「これを使いたいなら、買ってくれよ…」と一人の子どもが懇願しながら、しかしふてぶてしく言った。
「いくら?」
 ネロが訊くと、子どもたちは驚いて顔を見合わせた。そのなかの数人はそのまま、ネロの顔を無遠慮に、えぐるように見つめた。
「売ってやるって言ってんだからさァ、…値段はそっちが決めろよ」
 ネロは間をおいて、自分が最初に思った値段より、少し高めの金額を口にした。子どもたちは満足げに、うんうんとうなずいた。ネロは、器具とお金を交換した。札入れから出したお札は湿って、柔らかくこなれていて、すぐに破れてしまいそうだった。
 買った板を装着するため、ネロは片足を雪の中に残し、もう一方の足を雪の上に引きずり出した。靴の上にはわずかな雪がいじらしくちょこんと乗っかっていて、ネロはそれを手で払いのけた。それから器具の留め具を外して装着しようとするけれど、これが難しいんだ。
靴底は滑るし、地面についている一本足の筋肉が疲れてきて、壊れかかった機械みたいに痙攣しだす。足をいれ変えて再チャレンジするけれど、いつまでたっても装着することはできない。
ネロは子どもたちに装着の「こつ」を訊こうとした。だけどもう、子どもたちはどこにもいなかった。
器具があれば雪の上でだって走ることができるのだから、少し目を離した隙に姿を消してしまうことは必然だった。ネロは上げていた足を、自分が空けた雪の穴に戻した。ネロの周りの雪だけが、ぐちゃぐちゃに荒れている。子どもたちは、その名残すらどこにもなくなってしまっている。
ネロはわざとらしくため息をつき、その息の色を確かめようとした。でも雪の上ではその息を見分けることは出来ない。ネロは余計にうんざりして、雪に唾を吐いた。そのあと、唾を吐いたところをわざわざ迂回して進むんだ。

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