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nero 4

やがて険しい山道に入った。それにともない、しつこくまとわりつく雪の床は、だんだんと薄くなり、子どもたちのガスバーナーもおとなしくなった。青々とした葉を茂らせた落葉樹の森は、すぐ目の前だった。ついに駅から見た目的地に辿りついたんだ。
ネロは今までの道のりを振り返った。しかしネロの背後には、真っ黒な高くて分厚い壁が立ちはだかっているだけだった。もう夜だった。
子どもたちが立ち止まった。一人の子どもが、最後に桜色の炎をひゅっ、と遊びに吹かせた。子どもたちの顔は、提灯の光だけをあびて、輪郭を波のように揺るがせながらそこにあった。すでにいくつか破たんしている顔もあった。七色に変色する光は、一人の子どもの顔をピーマンのような色に、一人の子どもの顔を茄子のような色に、一人の子どもの顔を人参のような色に染めていた。
「ここから先は、雪がない。ひとりで行けますね?」
輪の中の一人が言った。
「木を燃やしながら進むわけにはいかないからね」
 ネロはそう言ったが、子どもたちは真面目な顔で、
「追加料金をもらえればね。もっと大きなバーナーを使わないといけないからね」
 ネロは驚いて訊いた。
「君たちと森に入る人もいるの?」
「この辺ではいないけど、あっちの方の森じゃ、むしろみんなぼくらと一緒に森に入るんだ。危険だからね」
 子どもたちは山のふもとの、線路の伸びてゆく方を指さした。月あかりに光っている。ネロがやってきた方角だ。だけど、ネロに心当たりはなかった、だってネロは森を遊び場にしているような子どもではなかったから。
ネロがお別れを言うと、子どもたちはランプの光を橇のように変形させて、ものすごい速さで暗闇の上を滑り降りていった。

 
 雪から出て下草の茂りはじめた森の中に足を踏み入れる。ネロは気温の上昇を感じた。森の中は暑かった。だから雪がとけて、植物が育つんだね。ネロは歩きながら、上着を脱いだり、手袋を外したりした。からからに乾いた灰が、衣類のあちこちの隙間から零れ落ちた。
 朗らかな鳥のさえずりさえ聞こえてくる。しかしそれは録音された音声らしく、周期的に全く同じさえずりが聞こえてくるのだった。
 
ちゅちゅちゅ・・・ちゅ・・ぴ・・ぴょ・・・ぴょ・・ちち・・ぴゅ・・ちゅちゅちゅ・・ちゅ・・ぴ・・ぴょ・・・
 
そんな鳴き声に重なるように、別の声も聞こえる。
 それは拡大されすぎてボロボロになった、なにかのアナウンスの音声だった。声の低い女性か、それとも声の高い男性か、ジェンダーフリー?の合成音声。そのアナウンスは、時報のようなものらしかった。ポーン、という電子音のあとに、アナウンサーが時刻を静かに読み上げるのだが、ネロが時間を確認すると、数分のずれがあった。僕は自分の腕時計の誤差を修正した。
「きょきょきょうも・・・いいい・きょうも・・・ちにちを・・・きょきょ・・・きょきょ・・・」
 音声にいくらか狂いが生じていた。

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