【掌編小説】紙飛行機

 ベランダに出れば、いやに澄み渡る青空が広がっていた。
 視界の端まで広がる青が、まるでマウントをとるかのように、僕を見下ろしていた。

 ——鳥のように飛べればどれだけ気持ちが良いだろう

 風に乗り、優雅に空を舞う鳥に想いを馳せた直後、玄関の方から『がさっ』と音がする。
 見に行くと、郵便受けにチラシが入っていた。

 ——ちょうどいい

 紙束を取り出し、思い立つ。
 せっかくだから挑戦してみよう。

 あの日うまく作れなかった、紙飛行機作りに。




 それは、まだ君と二人で過ごしていた頃のこと。

「ほら、ツル」

「うおー、なんかすげえ」

 手先が器用な君は、不要な紙ひとつで様々な芸術を生み出した。
 ツルはツルでも、一風変わった折り鶴だったり。
 ちょっとしたものを入れる小物入れだったり。
 時にはインスタ映えするような、美しい切り絵のようなものまで作って見せた。

 対して僕は。

「僕も作ったよ、ほら」

「……? なにこれ」

「紙飛行機だよ」

「ええ……」

 説明なしでは何だか分からないものを作ってしまうほど、不器用だった。

「見てろ。それ!」

 飛ばせばわかるはずだ、と言わんばかりに紙飛行機を投げる。
 しかし数メートルも飛ばずに、墜落。

「あちゃあ」

「ふふ。なんかあなたらしい」

「くっ」

 僕のちょっとした失敗を見て、微笑む君。
 これも二人の他愛のない日常。
 どこか居心地のよさすら感じる関係性だった。

「私がすっごーく飛ぶヤツ作ってあげる」

 そう言って君は、慣れた手つきで紙飛行機を折ると。
 えいやっとベランダに向かって投げた。

「あっ」

 君が声をあげた時には、すでに遅し。
 紙飛行機は窓際を過ぎると同時に風をつかみ、遠くの空まで飛んで行ってしまった。

「ほんとうに、すっげー飛んだな」

「あっはは。ちょっと迷惑なことしちゃったかもね」

 遠ざかっていく紙飛行機を眺める君の横顔に目を向ける。
 失敗を憂うというよりも、なにか別なことに想いを巡らせているかのような。
 どこか、もの寂しさを感じさせる表情だった。

「どうかした?」

 いたたまれなくなった僕は、思わず聞いてしまった。

「……あの紙飛行機みたいに、あなたもどこかへ行ってしまうのかなあ、なんて」

 君は僕の胸に顔をうずめながら答えた。
 消え入りそうな、泣き出しそうな声だった。
 僕は安直な慰めの言葉を選ばず、君を抱きしめつつ口を開く。

「これからのことは分からないよ」

 その言葉に、華奢な君の背中がぴくんと震える。

 僕らには、互いに目標があった。
 それ次第では二人の未来が分岐して、別方向に分かれてしまうような。
 そんな可能性のある道のりだった。

「……さびしいな」

 君はぽつりと漏らし、それから、肩を震わせ静かに泣いた。

「もしも離れ離れになったら、あなたは私以外の人と、上手くやれるの?」

「きっと上手くやれるよ」

 人間関係だけは、君よりも円滑だったから。

「ずるいね。私は自信ないや」

 君は器用だったけど、生き方に関しては不器用だった。
 人一倍愛されたくて努力しているのに、それがかえって軋轢を生んでしまうような。
 そんな感じだった。

「大丈夫。僕と上手くやれてるんだ。それに、君のことを好きになってくれる人だってたくさん――」

 励まそうとして言葉を紡ごうとしたけど、その口は君のくちびるにふさがれた。

「……いいよ、慰めてくれなくっても」

 困ったように笑う君に、僕は上手い返しが見つからず、「ごめん」と謝ることしかできなかった。

「えへっ。めんどくさい女だね、私」

「……ケーキでも食べようか」

 そうやって君の気を紛らわすので精いっぱいだった。




 あれから数年。
 僕らの道は分岐して、離れ離れになった。
 未練なんてないけれど、あの日、君にもっと言ってあげられることがあったんじゃないかと、今も言葉を探している。
 
 ——今度は上手くできたな

 あの時は君に作ってもらった紙飛行機。今度は自分の手で作り上げることができた。

 すっごーく遠くまで飛ぶ紙飛行機を、ベランダから投げる。
 飛行機は風に乗り、遠く、遠くへと運ばれていく。

 もしも君の町まで届いたのならば。
 あの時言えなかった上手い言葉の代わりに、君を勇気づけられるだろうか。

 紙飛行機が見えなくなるまで見送って、部屋に戻る。
 机の上には参考書とB5ノートが、僕を出迎えるようにして広がっている。

 遠くの町で夢を追う君の姿に想いを馳せて。
 僕もまた、僕の夢へ向かって歩き続ける。




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