気になるあの子が花占いをしていた。~隠れて眺めていたら突然泣き出したので、気付いたら彼女の手を握っていました~
学校帰り。ふと立ち寄った公園で、よく知っている顔を見た。
「すき、きらい、すき、きらい……」
ベンチに座り、真剣な顔で花びらをむしる女子高生。彼女の名前は戸成千花(となり・ちか)。
僕、山根聡(やまね・さとし)のクラスメイトだ。
「?」
気付かれたのか、彼女がこちらを振り向く。
僕はささっ、と草陰に隠れた。
「……気のせいかぁ」
ふう、と胸を撫でおろす。
どうやら気付かれていないらしい。
「山根の気配がしたのに」
いや、やっぱ気付かれてる!?
っていうか僕の気配とは。
「ま、いっか。気のせい気のせい」
言うや戸成は後ろ手に隠した一輪の花を、再び身体の正面に持ってくる。
僕は今度こそ安心して、彼女を見守る。
「……」
で、わざわざ隠れて観察する理由はというと……正直よく分からない。
よく分からないが、花占いをしている彼女を見てモヤモヤした。
「……すき、きらい、すき、きらい――」
戸成が花占いを再開し、僕はその様子を陰から見つめる。
見つめつつ、自分の胸の中のモヤモヤの正体について推理する。
花占いとは、意中の相手の好意を占うこと。
最後にむしった花びらが「すき」なら相手も自分のことが好き。
その逆なら嫌われているということになる。
彼女がそれをするということは、好きな人がいるということだろう。
「……っ」
そう考えたとたん、胸の中の苦しみがひどくなった。
なんというか、こう、かきむしられるような苦しさだ。
そして自分がひどく嫌になった。
戸成はすごく良いヤツで、幸せになって欲しい人で。
そんな相手に好きな人ができて。
だとするとそれは、友人の僕としては喜ぶべきことのはずだろう?
それをどうして、嫌だなんて思うんだよ……
「……すき、きらい、すき、きらい――あっ!」
人知れず葛藤していると、戸成が小さな悲鳴をあげた。
どうやら花占いの結果が出たらしい。
「きらい、かぁ」
戸成はベンチでうなだれ、花弁を失った一輪花をうらめしげに見つめている。
僕はほんの少し、安心してしまっていた。
彼女の恋は、不成立。
彼女はまだ、誰のものでもないのだ。
「……うぅ」
直後、泣き出した戸成を見て数秒前の自分自身を嫌悪した。
あろうことか僕は、彼女の不幸を喜んでいたのだ。
「戸成っ」
たまらず、彼女の前に飛び出した。
「え、山根?」
突然のことにあっけにとられた戸成は、どうしてか急いで花を隠した。
「ど、どうしたのよ、こんなところで」
それから、泣いてなんていませんでしたと言うかのように、表情を作り直して僕を見る。
「戸成。手を出して」
「え? なんで」
「いいから」
「……」
しぶしぶと言った様子で戸成は手を出した。
手のひらには花。
そうして差し出された手を、僕は――
ぎゅっと握ってしまっていた。
「ひゃあ!? ちょ、ちょちょちょ……」
「戸成」
彼女は激しくたじろいだが、構わず続ける。
「君の気持ちは、占いなんかに止められるものなのか?」
「え……?」
僕は知っている。
彼女は何事も、努力や工夫で乗り越えてきたことを。
「テストの点数が悪ければ、僕から教わってでも勉強した。時には友達からの誘いを断って、ファミレスで一緒に勉強したりしただろ?」
「……」
僕の言葉に黙って耳を傾ける戸成。
「部活の自主練のサポートだって、部外者で頼みづらいだろうに……『どうしても』って僕にお願いしてきたじゃないか」
「……」
悲痛な面持ちで彼女は聞き続ける。
これまでのことを思い出し、思うことがあるのかもしれない。
「たとえ上手くいかない運命だったとしても、まずはやってみないと分からないだろ。ちょっとしたことで未来は変わるかもしれないじゃないか」
「そ、そうね……」
僕の言葉で、戸成は少し元気になったようだ。顔はまだ赤いままだが、その目に光が宿ったのを感じる。
「ねえ、山根」
ずいっと僕を見上げ、戸成は言った。
「私の恋、上手くいくと思う?」
その目はわずかに潤んでいて、懇願するかのような切実さを表情全体に醸し出していた。
僕は少し迷ってこう答えた。
「当たり前だろ。君みたいな素敵な人からアプローチされたら、どんな奴でも嬉しいに決まってる」
「ほ、本当に!? その人が、ぜんぜん私の気持ちに気付いてくれてなくても!!?」
「ああ、当然だろ。その想いは必ず届くはずだ。逆に届かない奴なんて居ないはずだ。もしいたらそいつの顔を見てみたいね!」
なんならぶっとばしてやる。
「ぷっ……」
ひといきれに放った僕の言葉がなにかおかしかったのか、戸成は突然、吹き出した。
「どうした? なにか変なこと言ったか?」
「ふふふっ。ん-ん、ひとっつもおかしくなんてないよ!」
言うやはじけるような笑顔を向ける彼女。
太陽のようににこやかな表情は、悲しげだったさきほどまでの彼女とは別人のようだ。
「よく分からないが、元気になったようで良かった」
戸成に意中の相手がいるのはやっぱりアレだが……
何よりも彼女が笑ってくれるのが僕にとっては大事だ。
「いや、ね。なんかね、山根と話してたら、モヤモヤ悩んでる私が馬鹿みたいだなって!」
「それって、僕が馬鹿だと言っているのと同じことでは?」
「そんなことは言ってないよ!? ……いや、でも、たしかに山根は馬鹿かもしれない」
「なんだと?」
「あは、だって――」
いたずらな笑顔でからかうと、彼女はベンチから立ち上がり、僕に背を向け少し歩いた。
――こんなに見てくれているのに、肝心なことにはひとつも気付いてくれないんだもん
「……おい、こっち向いて話してもらわないと、よく聞き取れないだろ」
「……やっぱり、バカ」
「んな」
そっぽを向いて漏らした言葉はよく聞き取れず、聞き返したがうやむやにされた。
「怒んなし。ほら、そこの自販機でジュースでも買ってあげるからさ」
「そんなに安い男じゃないぞ、僕は」
「ホットココアでどう?」
「お願いします!」
安く買いたたかれた僕は、戸成と並んで笑いながら家路につくのであった。
それにしても戸成の好きな人って誰なんだろう?
あんなに泣かせるなんて……もしも会う機会があったら、一発ぶん殴ってやらないと気が済まないな!!
<了>
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