【短編小説】学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?(4/4)

 オレンジ色の景色の中、僕と愛奈美さんは並んで歩いている。

「……」

 僕はやたらと緊張してしまい、愛奈美さんに話しかけられずにいる。

「あ、あのさ」

 沈黙を破ったのは愛奈美さんだった。

「さっきは助けてくれて、ありがとう」

 彼女はぽつり、ぽつりと語り出した。

「私ね、あんなふうに言ってたけど、本当はすっごく怖かったんだ。でも、博士くんの姿が見えた時、すっごく安心した……」

 愛奈美さんはそう言うと、肩を寄せてきた。

「それから、キレイな花壇だって言ってくれたのも、すっごくうれしかった」

 彼女は小さな頭をこつんと僕の肩にぶつけた。
 ふわりと花のような香りが鼻腔をくすぐる。

「……僕も、愛奈美さんに素敵な人だって言ってもらえてうれしかったよ」

 僕がお礼を告げると、彼女は顔を赤らめた。

「本当はもっと、ちゃんとしたタイミングで言おうと思っていたんだけど、」

 そう前置いて愛奈美さんは立ち止まり、僕を見つめる。

「私、ずっと前から博士くんのこと、気になってたんだ」
「えっ!?」
「いつも自分の好きなことに一生懸命で。周りがどうとか関係なく、流されないところがすごいなって……気づいたらいつも、博士くんのこと見てたの」
「そうなんだ……」

 あまりに衝撃的かつうれしすぎる言葉に、僕の顔は沸騰寸前のやかんみたいに熱くなった。

「でも、こうやって一緒に過ごすようになって、一生懸命なだけじゃなくて、やさしい人だっていうのも分かって、つまり、その……」

 愛奈美さんは震える指先を握りしめて、それから、

「私、博士くんのことが好き」

 まっすぐと僕を見つめて言い切った。

「……ありがとう、愛奈美さん」
「うん。……博士くんは、私のことどう思ってる?」

 愛奈美さんは不安げに僕を見た。
 彼女がその想いを口にすることに、どれだけ勇気を振り絞ったのかが見て取れる。
 だったら僕も、今ここでそれに見合ったことを言うべきだろう。

「愛奈美さん、」

 僕はまっすぐに彼女の目を見つめる。

「いつも堂々としていて、誰にでも優しくて……みんなから信頼を集める君が、僕にはずっとまぶしかったんだ。けれど、それは君が勇気を出して振舞っていた結果だって知って、これまで以上に素敵な人だと思った。それから、」

 僕はこぶしを握る。

「君が花を見つめている顔も、その……僕を見つめている顔も、すっごくかわいくて。もっと一緒に居たいなって、どうしようもなく思ってるんだ」

 本心からの想いを言葉にした。顔から火が出そうなくらい熱い。

「愛奈美さん。僕も、君のことが好きだ」
「博士くん……」

 愛奈美さんは目を潤ませ、僕を見つめた。

「もー、なんか照れる」
「あはは、僕も」

 一気に緊張が解け、和やかな空気が僕らを包む。

「じゃあ、愛奈美さん。そろそろ帰ろうか」

 僕が歩き出そうとすると、柔らかな感触がゆびさきに触れた。
 振り向くと、恥ずかしそうに下を向く愛奈美さんが視界に映る。

「博士くん……手、つないでいい……?」
「!! も、もちろん!」
「やったぁ。えへへ……」

 愛奈美さんは少女のように微笑んだ。
 僕はそのあまりの可愛さに悶絶しそうになりながら、帰り道をともに歩いたのだった。

 愛奈美さんと一緒に帰った、翌日。

「森野くん、おめでとー!」

 教室に入った僕を出迎えたのは騒々しいクラスメイト達。なぜか祝福の言葉をかけてきてくれたのは、愛奈美さんとよく一緒に居る二人の女子だった。

「な、なんだよ急に……」
「愛奈美から聞いたよ~?」
「ついにくっついたってー!」
「えっ!?」

 僕は駆け寄ってきた二人の女子の向こうにいる愛奈美さんを見る。

「ご、ごめん、博士くん……昨日、見かけたーって言われて、隠しきれなかったの」

 愛奈美さんは申し訳なさと恥ずかしさが入り混じった表情で語った。
 というか、「ついに」という言葉が気になったのだが……

「いや、ね。うちらは愛奈美から前から聞いてたわけよ」
「そうそう。『気になる人がいる』ってね?」

 二人の女子はそう言って、にやにやと笑っている。

「ま、そういうわけでお幸せに~」

 彼女らはそう言うと、僕の背中を叩いて愛奈美さんの方へ向かわせた。

「は、博士くん……おはよう」
「お、おはよう」

 今更ながら愛奈美さんと挨拶を交わす。互いの間にある緊張感はぬぐえないが、それがなんともこそばゆく、心地良くもあった。

「はあ、まさか森野が……」
「くそ、ありえん……」

 代わりに、男子からの目線は非常に心地悪かったけれど。
 ああ、男どもと言えば――

「そういえば日野たちは?」

 僕の問いかけに他の男子が答える。

「なんか、ハチに刺されて病院行きだってさ」
「あはは……」

 どう考えても昨日の帰り際のことが原因だった。まあ、このあたりの事情は黙っておこう。

「それよりも、博士くん」

 愛奈美さんの声に意識を引っ張られ、振り向く。

「今度の日曜日、楽しみだね」

 愛奈美さんが笑顔で微笑む。
 花を見つめているときのような、尊い笑顔で。

「……? どうしたの? 私の顔になんかついてる?」

 僕が見惚れていると、愛奈美さんが小首をかしげた。
 僕は少しいたずらしたくなって、言った。

「うん。可愛い目と鼻と口がついてる」
「っ! もう……」

 頬を染める愛奈美さんが可愛い。

「ひゅー、見せつけるねぇお二人さん」
「あっ……」

 教室だったことを忘れていた僕は、からかわれて初めてその失態に気付いた。

「……博士くん。そういうことは、二人っきりの時に言ってね?」
「……うん」

 ——たくさん、言ってくれるの楽しみにしてるから

 耳元でそうささやかれ、僕の顔は熱を帯びたのだった。


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