distance

「少し距離を置いてくれないかな」
 ちょっとイイ感じの女子からそんなことを言われたら、誰だってがっくし来るだろう。
 ショックで大学を休む勢いだった。
 彼女……詠美とは入学時に知り合ってから意気投合、今に至る。
 もう少しで付き合っちゃうんじゃないの、俺たち! ……くらいの気持ちだったのに。
 メンタルが悲鳴を上げている。
 だが、俺には頼りになる女友達が居るのだ。
「うちならいつでも相談乗るよ!」
 詠美と俺、双方の友人である美子。
 何かあればいつも話を聞いてくれる、本当にありがたい存在だ。
 ことある毎にこの子を頼っている、気がする。

 とりあえず、言われた通りに距離を置く。
 ついつい不安になるが、そういう時もあるのだろう。
「そういう時はうちに話したまえ」
 美子に丸まった背中をばんっと叩かれると、なぜだか元気が出た。
「女にはそういう時もある。男ならどーんと構えて待ってなさい」

 距離を置くようにして数日。
 しかしなぜか、詠美の方からは俺に連絡が頻繁に来る。
「今どこ?」「ちょっと話しない?」「私、何かしたかな」
 何かしたも何も、君の方から距離を置いてと言ったのではなかったのか。
 女心と秋の空とも言う。
 ここで俺の方がぶれているようだと逆に良くないだろう。
 彼女から言い出したことだし、こちらは距離をちゃんと置いておくことにする。

 ある日、学食でいつも通り食事をしていると、詠美が歩み寄ってきた。
「ね、ねえ……どうして返事してくれないわけ……?」
 席から彼女の顔を見上げると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
(君の方から距離を置いてと言ったんじゃないか!)
 口に白米を含んだままだったので、口がきけない。
 代わりに目を見開いて驚きの表情を作る。これで俺の内心が伝わって欲しい。
 それから彼女は、俺の正面の席に座る美子に目をやった。
 美子は何故か笑いをこらえるようにしている。
 それを見て、詠美は怒った様子で、少しだが声を荒げた。
「もう! なんかこじれちゃってるじゃん!」
「ごめん、作戦失敗だったわ」
 そう言って美子は眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。
「距離を置いてって言ったら、逆に積極的になってくれると思ったんだけどなあ」
 つまり、どういうことだろう。
 詠美が続ける。
「私には駆け引きとかできないみたい」
 それに対して美子が言う。
「じゃあ、もうアンタから言っちゃえば良いんじゃない?」
 うなずく詠美。
 詠美になかなかアプローチしない俺に対して、焦るように仕掛けてきたということだったらしい。
 二人にまんまと踊らされてしまった。
 いや、何もしなかった結果、逆に踊らせたのかもしれないが。
「もういい。……ねえ、もう距離を置かなくていいよ」
 詠美が語気を強めて言う。
「逆に、ずっと側に居て欲しい」
 どちらが先に言うかなんて、他愛の無い問題だと言わんばかりだ。
 白米を口に含んだままの俺は、やはり頷くことしか出来なかった。

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