日本の右傾化

様々な角度からの検証を試みる〜『日本の右傾化』

◆塚田穂高編著『徹底検証 日本の右傾化』
出版社:筑摩書房
発売時期:2017年3月

「右翼」とは、もともとフランス大革命期の国民議会・国民公会の議席配置に由来する言葉です。三省堂『コンサイス20世紀思想事典』によれば、左側に「急進派のジャコバン党」が着席したのに対して、右側に「穏健なジロンド党」が着席したことがその起源といいます。当初は「急進」に対する「穏健」な立場を指していたわけです。

それから200年以上が経過して、極東の島国における「右翼」の意味するところはずいぶん変わってしまいました。『大辞林』には「保守的・国粋主義的な思想傾向」との語釈が記されていて、「穏健」のニュアンスをそこに込めて使う用例はほとんどなくなったのではないでしょうか。
明治以降、革命の名に値する出来事を経験しなかった日本での「右翼」は当然ながらヨーロッパとは違った意味合いを帯びることになります。

そんなこんなで、昨今、日本社会の右翼化すなわち右傾化について論じられることが多くなりました。今私たちが直面している右傾化とはどのような内容をもっているのでしょうか。その動向を主導したとされる政治団体の内情を調査した本や、政権与党を軸にみた右傾化論など、関連書籍は数多く刊行されています。

宗教社会学者の塚田穂高が編者となっている本書では、日本における右傾化を様々な角度から検証します。ただし本書全体を貫く右傾化の定義は行なわれていません。それは編者の以下のような意図に依っています。

「日本の右傾化」と大きく括られているそれを、いったん限られたテーマに分解・細分化する。それぞれの領域の専門家が自身のフィールドについて、信頼できるデータと資料を駆使しながら検討し、それを幾重にも重ね合わせる。その作業が必要であり、本書が目指すのはそれである。(p10)

こうして本書は〈壊れる社会〉〈政治と市民〉〈国家と教育〉〈家族と女性〉〈言論と報道〉〈蠢動する宗教〉と題した6つのセクションに仕分けられています。それぞれに3〜5篇の論考を配するという構成で、寄稿者は21名。

〈壊れる社会〉では、新自由主義と結びついた新保守主義やレイシズム、ヘイトスピーチに関する昨今の社会状況が概括されています。
そのなかでは、在日コリアンに対するレイシズムのあり方と日本の右傾化との関係を検証した高史明の論考がよくまとまっていると感じました。高は「ある側面ではリベラルな方向への変化がありながら、他の側面では右傾化が進行している状態である」との認識を示しています。後者の側面の一つとして在日コリアンに対する不寛容性の問題があるとみるのです。

〈政治と市民〉は、サブタイトルにうたうとおり「右傾化はどこで起こっているのか」を検討します。社会学者の樋口直人は「右傾化とは、近隣諸国への敵意や歴史修正主義を指す」と規定したうえで「全体としては今世紀に入って右傾化が進んだといってよいだろう」と結論。ただし「市民社会は外国人排斥の動きを容認せず、政治から持ち込まれた右傾化に抗してきた」とみて、そこに可能性の胚胎を見出しています。

また政治学者の中北浩爾は「右傾化と呼ばれる現象は『普通の国』化として捉えられるべきであり、現在の日本政治はナショナリズムではなく、国際協調主義の方向に向かっている」との説を紹介しているのが目を引きます。ただし、それは「政策の国際的な位置を問題にする」点で「政策の方向性を問う」右傾化論と「論点のずれ」が存することを指摘することも忘れません。
それを踏まえたうえで、中北は、自民党の政策位置が2000年代以降、ナショナリズムを強調するという意味で右傾化していること、ただし世論などの社会レベルの変化に起因していないと結論づけています。

〈国家と教育〉では、宗教社会学者のマーク・R・マリンズが外国人として唯一本書に寄稿しているのが注目されるでしょう。マリンズは震災後の日本における愛国心教育の復活をそれ以前からの文脈で捉え、懸念を表明しています。自民党の改憲案は政教分離の原則を逸脱するものであり「宗教的マイノリティへの公的な抑圧につながる可能性がある」との警鐘を私たちはしっかり受けとめる必要があるのではないでしょうか。

女性執筆陣による〈家族と女性〉に関する右傾化の検証は、改憲の隠れテーマともいえる重要な問題で、いずれの論考にも大いに教えられました。
清末愛紗の憲法24条に焦点を定めた考察は鋭いものがあります。24条改憲論者が「利己主義」「個人主義」への非難という常套表現を使って主張していることは、煎じ詰めれば「男女平等はやだ」「戦前みたいに男が威張れる社会に戻したい」ってことに要約されそうです。いわばオッサンの利己主義復古宣言とでもいえばいいでしょうか。

斉藤正美は「少子化対策に名を借りた婚活支援政策は、結婚、妊娠、出産支援などを通して、国家による家庭への介入を強めることに寄与している」と述べ、官製婚活の展開を戦中の「結婚報国」や「産児報国」に準えて警戒感を示しているのが印象に残りました。

堀内京子は税制面から右傾化をとらえるもので、話が具体的であるだけにこちらも説得力を感じさせます。たとえば「夫婦控除」の問題。「法律的に結婚している」人だけが減税対象になると、独身者やLGBT、事実婚カップル、離婚者、シングルマザーなどは対象外になるわけで、それは結果として「ペナルティ」となり、多様な生き方が否定されているということになるでしょう。

〈言論と報道〉では、「日本スゴイ」という国民の物語を批判的に検証した早川タダノリ、歴史戦の決戦兵器「WGIP」論の欺瞞を指摘する能川元一など、いずれも持ち味を発揮した一文を寄せています。能川によると「『洗脳』という語は中国帰還者連絡会(中帰連)のメンバーが行ってきた旧日本軍の戦争犯罪に関する証言を、右派が否認する際の決まり文句だったのである」。そのような洗脳を支えるのが「WGIP」(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)論。それは右派論客にとっては応用範囲の広い「理論」といえるので注意が必要です。

〈蠢動する宗教〉では、神道(政治連盟)、創価学会、統一教会=勝共連合、幸福の科学の動向があとづけられています。なかでも藤田庄市による公明党の自民党「内棲」化論が秀逸。章全体を総括する形で編者の塚田穂高による論考が最後に収められていて、宗教を類型的に把握しようとする考察は問題を整理するのに有益です。

以上、読んできたように一口に右傾化といっても、それはイデオロギー・レベルでの抽象的な動きのみを指すわけではありません。いうまでもないことですが、家族や結婚の問題など生活に密着した次元においても私たちに多大な影響を及ぼさずにはすまない問題を内包しているのです。

本書に物足りないところがあるとすれば、官僚機構における右傾化の動きについてまったく言及されていない点でしょうか。
なお巻末には「日本の右傾化」を考えるためのブックガイドを掲載しており読者への便益をはかっています。



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