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憎しみから始まる戦いは勝てない〜『エルネスト』

「革命」なる言葉が現実的な意味を担って輝いていた時代と国家がありました。1950〜60年代、キューバ。そして、ボリビア。

キューバ革命の歴史的英雄として今もなお多くの人を魅了してやまないエルネスト・チェ・ゲバラ。1967年、ボリビアでの戦線で死亡。今年は没後50年にあたります。
ボリビアでの革命を夢見て、チェ・ゲバラと行動をともにした日系ボリビア人の医学生がいました。フレディ前村ウルタード。『エルネスト』はその実話に基づいた映画です。

波乱に満ちていたであろう彼らの物語をドラマティックに描き出そうとすれば、誇張なしにいくらでも可能だったでしょう。が、阪本順治監督はむしろ淡々とゲバラとフレディの短かった生涯の一端を描出しているように私には感じられました。

主人公フレディを演じるのはオダギリジョー。本作のために12キロも体重を落としたとか。もちろんセリフは全編ボリビア訛のスペイン語です。

キューバのゲリラ戦士たちは戦場では本名を使いません。フレディはチェ・ゲバラからエルネスト・メディコのニックネームを付けられます。同じように医学の道を歩む日系人の若者に、ゲバラは親しみを感じたのかもしれません。

フレディ。そして、エルネスト。作中で主人公の名がこれほど仲間たちから呼びかけられる映画がほかにあったでしょうか。呼びかける。それに応える。その繰り返しのリズムが一本の映画のなかで息づいている。見終えた後にまずはそんな感想を抱きました。

そして、ハバナ市街で群衆がキューバ国歌を合唱するシーンが素晴らしい。異国の地で大勢のエキストラを使うロケには苦労も多かったに違いありませんが、忘れがたいシーンの一つです。

フィデル・カストロやチェ・ゲバラの行動をいたずらに美化することは禁物でしょう。が、圧政に苦しむ人々を解放しようと命がけで戦った人たちがいたという世界の歴史に思いをいたすことは決して無駄ではないはずです。

ゲバラが死んで半世紀。極東の島国で公権力を濫用している宰相が「人づくり革命」「生産性革命」などと中身の伴わない「革命」を口にしている能天気ぶりは、本作を観た後にはいっそう滑稽に響いてくるように感じられるのでした。

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