日報隠蔽_FotorSHA

二つの〈現場〉から政府の虚偽を暴く〜『日報隠蔽』

◆布施祐仁、三浦英之著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』
出版社:集英社
発売時期:2018年2月

2011年、南スーダンにPKO(国連平和維持活動)の一環として自衛隊の派遣が始まりました。2016年7月、現地で激しい戦闘が起こっている様子がインターネット上で伝えられます。自衛隊の海外派遣には様々な前提条件が課せられているが、その条件が崩れているのではないか。そのような声が沸き起こったのは当然でした。

フリージャーナリストの布施祐仁は防衛省に対して情報開示請求を開始します。開示された文書には、はっきりと「戦争」を感じさせる記述がありました。異常を感じた布施は、さらに戦闘発生以降、現地の派遣部隊とそれを指揮する日本の中央即応集団司令部との間でやり取りしたすべての文書について開示請求しました。2016年7月のことです。

しかし2カ月後に開示された文書はごくわずかなもので、およそ現地の状況を詳しく把握できるようなものではありませんでした。この時点で、防衛省・自衛隊内部で文書の隠蔽が始まっていたのです──。

本書は、南スーダンにおける自衛隊の活動に関して国内で粘り強く取材を続けてきた布施と朝日新聞アフリカ特派員として現地を何度も見てきた三浦英之のコラボレーションによる記録です。

三浦の現地取材に基づく報告を読むと、かなり生々しい戦闘が自衛隊駐屯地の周囲でも発生していたことがわかります。政府軍と反政府軍の対立は激しく、一時は自衛隊宿営地に隣接するビルが反政府軍に占拠されることもあったらしい。反政府軍のリーダーであるマシャール副大統領へのインタビューも複数回行なっていて、その描写も具体的でスリリングです。
混乱の只中にあった南スーダンでは、政府軍が「正義の味方」というわけでもなく、彼らによる暴行や略奪の証言がいくつも出てきます。政府軍と国連PKO部隊が交戦することもあったようです。まぎれもなくそこは戦地でした。

自衛隊はそのような状況のなかで毎日、駐屯地での状況を記録していました。「日報」です。布施は日報の存在を知ると、当然ながらその開示請求も行ないました。けれども日報はまったく開示されませんでした。

「本件開示請求に係る行政文書について存否を確認した結果、既に廃棄しており、保有していなかったことから、文書不存在につき不開示としました」というのが不開示の理由です。

2016年11月には、安倍内閣は南スーダンの自衛隊PKOに「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」などの新任務を付与した部隊を派遣しました。同年に施行された安保法制によって可能になった新たな任務をさっそく南スーダンのPKO部隊に与えたわけです。
現地の治安が悪化したとなれば、新任務どころか自衛隊の撤退も検討しなければならないはずですが、政府はむしろそれに逆行するかのように自衛隊に新たな役割を負わせて「実績」を作ろうと考えたらしい。現地の実態を生々しく記録した日報がオープンになれば、政府の目論見を実現することは困難になるでしょう。日報を隠蔽する動機は政府側に存在しました。

国会では現地の状況を糊塗すべく、稲田美防衛大臣は日本独自の定義を用いて現地の状況は「武力紛争」にはあたらない旨の答弁を繰り返し行なっていました。日報は廃棄されたとの説明も維持していました。

しかし、布施が入手した文書の内容と日報廃棄という説明にはどうしても矛盾が生じます。安倍首相の国会答弁も「日報を廃棄したことを是とするのか非とするのか」という野党の質問にきちんと答えることはできていませんでした。

あるものをないというようなごまかしをいつまでも続けることはやはりできません。防衛省は、まず職員の一人が個人的に保存していたという説明で日報の存在を認め、その後、その説明は二転三転して、結局は組織として日報を保存していたことを認めざるをえなくなったのです。

日報の存在が明らかになると、当初の隠蔽工作がどのレベルの指示で行なわれたのかが問題となります。が、事実は有耶無耶のまま、最終的には稲田防衛大臣、黒江防衛事務次官、岡部陸幕長の辞任ということで一応の結末をみるに至ります。
この間、大臣と防衛庁・自衛隊との間でさまざまな思惑が働いて、自衛隊側から情報のリークがいくつか行なわれました。当然、文民統制の観点から疑義の残る振る舞いですが、布施は一連の隠蔽工作を次のように総括しています。

陸自内部からと思われる情報流出が続いたのはシビリアンコントロールの観点から問題ではあったが、今回の事件は、制服組が暴走したというよりシビリアン(文民)である背広組が官邸を守ろうとするが余り迷走したというのが本質だと思う。(p257)

また、三浦は南スーダンと原発問題の共通点に触れて「PKO派遣にしても原発にしても、すべては極めて高度な政治的判断で進められているのに、政府は国民が判断するのに必要な情報をこれまでずっとひた隠しにしてきたという共通項があります」と指摘しています。
ついでにいえば、政府の国会答弁に合わせて防衛省が内部資料の書き換えを行なったのは、一連の森友・加計学園問題とも共通する不正行為です。

本書は、東京と南スーダンを映画のカットバックのように編む込んだ構成で、事実を複層的に浮かび上がらせた労作です。今後、南スーダンにおける自衛隊の国連平和維持活動を検証する際の必読書になることは間違いないでしょう。 

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