女帝の日本史_Fotor

女性が陰で男性を支えることは本当に〈日本の伝統〉なのか!?〜『〈女帝〉の日本史』

◆原武史著『〈女帝〉の日本史』
出版社:NHK出版
発売時期:2017年10月

日本における女性の政治参加が著しく遅れていることは折りに触れて指摘されるところです。これを日本古来の考え方とむすびつけて論じる言説は少なくありません。けれども本当にそうなのでしょうか。

本書は神功皇后伝説から、持統天皇、北条政子、淀殿……と連綿とつづいた女性権力者たちの系譜をたどり、日本の政治における女性のパフォーマンスを分析するものです。中国や朝鮮半島の政治史を随時参照することで、東アジアの共通点と同時に日本の特性をも浮かびあがらせます。

儒教社会では古くから男女の違いが説かれてきました。『尚書』には、女性が政治に口出しするとロクなことがないということが書かれているそうです。ゆえに東アジアでは、女性が権力をもつことがどこでも忌避されてきたように見えますが、実際にはそうではありません。

7世紀は東アジアで「女帝」が登場する時代です。歴史的にいえば、皇帝や天皇にならず、王后や皇后のまま権力を握る場合が多かったといいます。中国では儒教経典の教えに反して、名実ともに権力者として采配をふるった女性が断続的に存在したという指摘は興味深い。

大陸では臨朝称制や垂簾聴政と呼ばれる政治形態がありました。前者は皇帝が幼少などの理由で執政できない場合に皇太后が朝議に臨み(臨朝)、命令を出す(称制)などの政務を執ることをいい、後者は女性が簾ごしに臣下と接して采配をふるうことを指します。日本史においてもそれに類することがしばしば行なわれました。

日本では原始的な段階で母系制がまずあり、それが父系制に移行したという説をかつて吉本隆明が唱えましたが、柄谷行人がそれを否定しました。柄谷によれば、どちらでもない状態が最初にあり、次に単系(母系ないし父系)または双系というかたちをとった後、家父長制へと移行したとみるのです。本書でも基本的にその線で記述をすすめています。

古代天皇制において、女性権力者の系譜をたどっていくと、3〜4世紀に活躍したとされる神功皇后に行き当たります。今では実在が疑われている人物ですが、記紀によると朝鮮半島に出兵して「三韓征伐」を行なったことになっています。
注目すべきは、天皇に比された神功皇后のおかげで敵を撃退することができたという風説は、平安時代から室町時代にかけて対外的危機が認識されるたびに再生産されたということです。

推古天皇以来、女性天皇の時代が長くつづきます。「内発性を含む資源」に加えて、当時の先進国であり国際基準となっていた中国という外圧の働いたことが女性天皇の時代を持続させたと原は分析しています。

平安時代になると女性天皇に対する忌避の感情が生まれますが、臨朝称制の仕組みは残りました。つまり幼少の男性天皇が即位しながら、その母親が権力を握る新たな時代に入ったのです。
政治権力が武家に移る中世以降では、将軍の母や後家が権力をもつ時代になります。北条政子(源頼朝の妻)や日野重子(足利義勝、義政の生母)などの名を挙げることができます。

江戸時代は女性の権力が封じられた時代です。将軍の妻妾たちは江戸城本丸の大奥という閉鎖的な空間で生活するようになり、そこに女性だけのヒエラルキーが築かれるようになります。将軍に匹敵する権力をもつことはありませんでした。徳川家康は女性の権力掌握を非常に警戒し、様々な布石を打ったのです。それが江戸期をとおして貫徹したといえるかもしれません。

明治以降は皇后が「祈る」主体となります。軍事指導者としての新たな天皇像がつくられるとともに、政治に口出しせず、天皇を陰で支えるパートナーとしての皇后像がつくられていきました。同時に国家神道の整備とともに、皇后はアマテラスや歴代天皇の霊に向かって「祈る」主体として新たに登場した、というのが原の見方です。

こうして日本の政治史を振り返ってみると「古代日本に双系制の文化があったとすれば、男尊女卑という観念はもともと日本にはなく、年長者の女性が権力をもつこともできるはず」だということになるでしょう。双系制が廃れて父系制へと移行してからも、年長者の女性が権力をもつ時代が断続的にあったことは注目に値します。

けれどもいまや、そうした時代があったことはすっかり忘却されました。男系の皇統がずっと保たれてきたことが日本のアイデンティティだとする言説が依然として影響力をもっているようです。

……日本で近代以降に強まった、女性の権力を「母性」や「祈り」に矮小化してしまう傾向は、皇后や皇太后が「神」と天皇の間に立つことを可能にする反面、女性の政治参加が憲法で認められたはずの戦後にあっても、女性を権力から遠ざけるという影響を及ぼしているように思われます。こうした状況が続く限り、日本で女性議員を増やし、女性の政治参加を増やすことは根本的に難しいと言えます。(p278〜279)

女性の政治参加を難しくしている歪んだ認識や特定の時代の動向だけに注目する一面的な歴史観を是正していくためにも、本書は極めて貴重な知見を与えてくれる一冊であることは間違いないでしょう。 


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