名人_Fotor

東京落語の精髄を語る〜『名人』

◆小林信彦著『名人 志ん生、そして志ん朝』
出版社:朝日新聞出版
発売時期:2018年10月

古今亭志ん生、そして志ん朝。昭和を代表する噺家の「名人」親子です。本書は二人を愛する作家の小林信彦のエッセイを集めたもの。後半に夏目漱石の『吾輩は猫である』を落語的観点から読解する文章を収めているのも一興です。

小林自身は東京の下町に生まれ育ち、東京弁を話す家族に囲まれて過ごしたらしい。幼少時のそのような体験は落語愛の形成には決定的なものであったと思われます。志ん生に思いを馳せ、志ん朝の高座を愛した小林の語り口は思い入れたっぷり。

志ん生に関しては、当然ながらラジオでの聴取体験が中心になります。また志ん生について論じた書籍からの引用が多い。方法的には辛気臭い読み味になりがちなスタイルですが、熱烈な志ん生愛でもって読者を退屈させることなく引っ張っていきます。

志ん朝は1990年から10年間、名古屋の大須演芸場で三夜連続の独演会を開催しました。その独演会の後半5年間を小林は聴いていて、それに関する批評文が本書における志ん朝論の核を成しています。そこで志ん朝は「くつろいだ感じ」を醸しながら自分の得意ネタをのびのびと演じたらしい。

文楽の落語を古典音楽とするなら志ん生はジャズである。──そう評したのは徳川夢声で、文楽との対比で志ん生を語るのは常套手法ですが、志ん生の《お直し》に「明るく、荒涼としたユーモア」を感じつつ、ニヒリズムの裏づけを見出すのは小林ならでの評言かもしれません。

志ん朝は父親からナンセンスな滑稽味を受け継ぎ、あわせて志ん生のライバルと目された文楽の端正さをも身につけました。
若き日の志ん朝を評して小林は記しています。

……なにより驚いたのは、〈若さ〉を抑制したたたずまいであり、涼しげな動きは、〈江戸前〉とか〈粋〉といったありきたりの言葉では形容できない。〈若さ〉のみが売りものにされる一九六二年に、こういう青年が存在するのか、と奇蹟を見る思いだった。(p142)

そのようにしてもっぱら客席から見守りつづけた志ん朝の死は思いのほかはやく訪れてしまいました。「ぼくの老後の楽しみはみごとに失われた」──その愛惜の気持ちが本書全体を覆っています。2001年10月1日、志ん朝他界の報せを受ける場面から本書が書き起こされているのは象徴的且つ印象的です。

私の個人的体験を記せば、志ん生の話芸に関してはもっぱらCDでその名人芸の片鱗を享受するばかりですが、山藤章二が、音声にイラストをつけてビジュアル化したラクゴニメのビデオも何度見ても飽きることはありません。時代を超えて生き延びていく話芸の記録であることは間違いないでしょう。

志ん朝の高座には幸いにも何度か直接接する機会がありました。今もその容子の良さは脳裏に焼きつき、その名調子は耳の奥に残っています。私が慣れ親しんだ上方落語はややもすると言葉や身振りが過剰になりがちですが、志ん朝の噺には余分なものがなく、とりわけ録音で繰り返し聴くときにはそれが話芸の最善のスタイルなのだと実感させられます。その早逝にはいくら惜しんでも惜しみすぎることはないと思います。

なお本書の親本は2003年に朝日新聞社より出版されました。2007年に文春文庫より刊行された後、2018年にあらためて朝日新聞出版により文庫化されました。朝日文庫版では新たに小林と志ん朝との対談が一本加えられています。平成終りの年に昭和の名人親子を語る本が改めて文庫化されたのは、奇貨とすべきかもしれません。志ん朝を知るための資料は意外と乏しい。その意味でも貴重な一冊といえるでしょう。

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