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ものを買うことも一つのメッセージ〜『小さな声、光る棚』

◆辻山良雄著『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』
出版社:幻冬舎
発売時期:2021年6月

東京・荻窪で本好きにはよく知られた書店Titleを経営する辻山良雄のエッセイ集。サブタイトルにもあるようにもっぱら書店の日常にまつわる小文を収めています。

朝の開店前は時間に追われ、その日入ってきた本をじっくりと眺めることはできません。本をさわり商品整理をすることは「この仕事の基本である」。そして「その本が息をしやすいように少しずつ本を動かし……」などの表現に著者の繊細さやセンスを感じます。

コロナ禍で店を休業したときには、ウェブショップでのまとめ買いが増えました。遠方からも近くからも、思わぬ人がウェブショップで注文をくれたといいます。「そこに何かメッセージが書かれている訳ではなかったが、ものを買うとはそれじたいがメッセージでもある」という一文には実感がこもっています。

また店舗の裏側にキリンのようにひょろりと立ち続けている松の木のさりげない描写などに佳き短編小説のような味わいが醸し出されているようにも思いました。

とはいえ、いわずもがなのことですが、いつも客との愉しい交流ばかりが繰り返されているわけでもありません。

「ここにある本はわからない」。以前、店のなかを一回りしたあと、こちらをまっすぐ見て、そう言い残して出ていった女性がいたらしい。彼女の態度について辻山は述懐します。「『わたしにはこの店の本はわからないかもしれないが、馬鹿にされては困る』といった、ひとりの人間としての矜持が伝わってきた」と。

いささか皮肉めいた書きぶりですが、そのすぐあとに「ふしぎと嫌な気持ちはしなかった」と記しているのですから、アイロニーをここから読み取るのは誤読に違いありません。そして最後にポツリと漏らすのです。「本を選ぶことには、いつも何かしらのうしろめたさがつきまとう」。客との心温まるエピソードもさることながら、こういう一文にこそ著者の柔らかな人間性がにじみ出ているように感じられました。

齋藤陽道が撮影した写真が本書にほどよいアクセントを加えています。

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