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浦島太郎の主人公

助けた亀に連れられ、竜宮城で楽しんだ後
地元に帰ると何百年も過ぎていた。
開けてはならない玉手箱を開け、老人になる。
こう聞くと、浦島太郎は謎の多い話だ。
そして不条理だ。

亀を助けたので竜宮城でもてなされる。これは別にいい。
しかし謎の玉手箱なるトラップが用意されており、
玉手箱を開いてしまったら老人になる。
これは普通に考えると必要ない。
しかし、こうなったのにも理由がある。

今の形になる前の浦島太郎では、
竜宮城はタイやヒラメが舞い踊るような場所ではなかった。
一つの部屋があり、そこの東西南北のふすまを開くと
それぞれ春夏秋冬の景色が広がっており、
一つの部屋にいるだけで四季を全て楽しむ事が出来るという物だった。
そして乙姫は浦島太郎に流れる時間を玉手箱にしまっていた。
その玉手箱を浦島太郎に渡していたのだ。

相違点は他にもある。
現代の浦島太郎では、乙姫は乙姫としての別個体である。
しかし昔の浦島太郎では、乙姫は助けた亀の変化した姿とされている。
つまり、助けられた亀が浦島太郎を春夏秋冬ランド(仮)に連れていき
乙姫としてもてなしたのだ。

さらに、浦島太郎の末路も違っている。
現代では老人になってしまいました、約束は守ろうね、チャンチャン。
そういう着地点があやふやな終わり方をしているが、
本来は老人を通り越して鶴に身を変じ、亀と夫婦になっている。
とは言え、これでもまだ理不尽だ。
助けた亀にハメられて鶴にさせられ、しかも異種族婚。
浦島太郎からしたらたまった物ではない。
しかし、見方を変えたらこれは真っ当な物語となる。
浦島太郎を主人公として見るから変になるんだ。
この物語の主人公は「亀」だ。
前提として、夫婦になる程度には浦島太郎が好きであり、
意思疎通を取れる程度には知能があり、
時空間に干渉出来る程度の異能を持つ亀の話だ。

身の危険を感じるいじめから助けられた亀にとって、
浦島太郎は白馬の王子様のように映っただろう。
しかし身分違いの恋ならぬ種族違いの恋だ。
人間はたかだか数十年で死んでしまう。かたや亀は万年生きる。
同じ亀になってくれたら万々歳だ。
そこから亀の恋の計画は始まったのではないかと思う。

これは個人的な予想だが、亀はこの時には
「人間に老衰による死亡を超越する程の圧縮した時間を与えると
 半妖怪のような形で長寿とされる生物に変ずる」
と言う概念を理解していたのではないかと推測している。
浦島太郎と助けた礼にかこつけて連れ出し、
固有結界とも言える春夏秋冬ランド(仮)に閉じ込める。
自らは美しい人間に変化し、乙姫を名乗る。
浦島太郎に流れる時間は、こっそり玉手箱に閉じ込める。
後は何千年、何万年とキャッキャウフフしていればいい。

浦島太郎とて「実家にかえんなきゃなー」とか考えただろう。
だがそこは春夏秋冬ランド(仮)だ。季節感が死んでいる。
盆暮れ正月もありゃしない。時間の感覚がバグっている。
かくして乙姫……いや、恋に狂った亀の計画は成就するのだ。
後はカリギュラ効果に則り「開けてはならない」と念を押せばいい。
そうすると浦島太郎は勝手に玉手箱を開け、人間の軛を抜け出せる。

しかし、俺の予想では亀の計画が十全に進んだ訳では無いと思っている。
亀ではなく、鶴になってしまった事だ。
鶴は千年、亀は万年と言えば言葉の座りがいいが、それでも異種婚だ。
もしかしたら、浦島太郎は亀の計画よりもずっと早くに
実家に帰りたがったのかも知れない。
一万年くらい幽閉しておけば同族である亀に変ずる事が出来たのだろう。
しかし、数百年程度では千年生きる鶴にするのが関の山。
引き止めたかったが、計画が露呈するのは不味い。
そこで亀は、計画の修正を行ったのではなかろうか。

亀にとって避けたかったのは、浦島太郎が短命で死ぬ事。
別に亀にする事ではない。目的を取り違えてはならない。
なあに、鶴でも千年は生きる。その間に対策を考えればいい。
私が好きになったのは浦島太郎であって、亀ではないのだから。
そう考え、計画を前倒しに終了し、手堅く利益を得る方向にシフトした。
だから異種婚状態になってしまい、聞いてる人には違和感が出る。
だが、亀の視点から考えたらこれは十分に目的を果たせている。
種族や時空をも超えたバチクソ重たいヤンデレ女による
好きな男の囲い込みのラブストーリー、これにてハッピーエンドだ。

古い浦島太郎の話は、大学時代のゼミで聞いた。
当時は「古い方がまだ話が通るが、なんか変だなあ」と思っていた。
しかし浦島太郎と言う人間にフィーチャーする視点から抜け出せずにいた。
よくよく考えてみれば当然だ。意思疎通を取る亀は神仏のそれだ。
神仏の尺度を人間の尺度で見る事が土台間違っているのだ。
浦島太郎の主人公は、浦島太郎ではない。
本当の主人公は、人間に恋をした、諦めの悪いヤンデレ亀。
最近は、そう思うようになってきている。



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