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ストイックに生きる

人の生き方は自由だ。他人が干渉する資格なんてものはどこにもない。

まずこのことを大前提として心に留めておいてほしい。

本題に入ろう。
あなたの人生は上手く行っているだろうか?
それとも失敗ばかりしてきただろうか?
すぐには答えが出てこないかもしれない。ちなみに私自身は時期によって成功だと思っていた時と上手く行っていないなと思う時がある。少し調子に乗っていた時期もあったが、ここ数年は失敗ばかりしてきてようやく冷静に見つめ直せてきた気がする。

過去どうであったかはひとまず置いて、未来の方に目を向けよう。これからをどうやって生きていくかについて考えた方がいい。

どう生きるか、という問いを人生哲学なんてよく言うらしい。何となくテツガクとかつけておけば裏付けがありそうだし売れるのだろう。
ただ私自身は個人の生き方を哲学という無秩序かつ体系化された学問に落とし込みたいと全く思わない。なので、これから述べる話はあくまで全て個人の感想に過ぎないし、”人生哲学”ではないと思ってほしい。

ストア派

ストア派(Στωικισμός, Stoicism)という言葉をご存じだろうか。
ストイック(stoic)という言葉はこのストア派に由来する。その意味の通り禁欲的な思想を特徴とする哲学である。古代ギリシャ時代、キティオンのゼノン(前335年~前263年)という人がアテネの広場にあったストア・ポイキレ(日本語では彩色柱廊)の付近で自身の思想を人々に説いていた事からストアという名前が付けられたと言われている。

ストア派は古代ギリシャのみならずその後の地中海世界、特に古代ローマ社会の知識階級の人々を中心にその考えは広まっていった。言い換えれば当時のエリートが嗜んでいた考え方だったと言える。

ゼノン以外の代表的なストア派を汲む著名人として

  • クリュシッポス(前280年~前204年):概念としての命題論理の提唱

  • ポセイドニオス(前135年頃~前51年):天文学者、地理学者

  • セネカ(前1年~65年):ローマ皇帝ネロに仕えた。『生の短さについて』など

  • エピクテトス(50年?~135年?):『語録』など

  • マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121年~180年):ローマ皇帝。『自省録』

  • キケロ¹(前106年~前43年):政治家、弁論家。

が挙げられる。


セネカの銅像 (Wikipediaより)

ストア派の思想は論理を用いて世界を明らかにする事(ストア論理学)、自然や宇宙を唯一の神とみなす事(ストア自然学)、そして理性を重視して生きる事(ストア倫理学)を基本としていた。

その内容は如何なるものであったのだろうか。例えばストア派の論理学ではアリストテレスらが発展させた論理学とは別の命題論理と呼ばれる現代数学の基礎の一部をなしている論理学体系を生み出した²。
自然学の領域に関して、ストア派は多神教的世界観の古代ギリシャにおいて神は唯一の存在であると考えていた。自然こそが神であり、理性は神と同一視されていた。この部分はキリスト教の思想とも親和性が高かったようで、哲学そのものは後に異端であるとされたが、ストア派の影響を受けているのではないかと考えられている³。

ストア倫理学

しかし最も注目されていたのがストア倫理学の部分であった。ストア派の”ストイック”たる部分である。
彼らは怒りや煩悩といった一時的な感情に流されて衝動的な行動をしたり動じたりする事は苦痛であると考えていた。それゆえ自らの理性によって行動し、最終的には何事に対しても平静に判断する事の出来る境地に達し情動という苦痛から解放される事を目指していた。この苦痛から解放された状態の事をアパテイア(ἀπάθεια, apatheia)と呼び⁴、彼らが禁欲主義に走ったのも感情に流されずにこのアパテイアに達するためであった。

ストア派初期・中期においては論理学に関する議論や自然について盛んに議論されていたが、ローマ時代におけるストア派哲学者は自らの理性に従う事でより良く生きることが出来るという話に重点を置いている。

ストア派から学ぶ事

しかし私たち人間は意識して感情を発生させていないので、無感情で生きることは難しいし、病気等で無感情状態になってしまった人や燃え尽きてしまった人々を見るとそれが正しいとはあまり思えない。しかし文明化した社会で生きるからには理性をある程度重んじることは必要になるだろう。
ストア派によれば、理性に従う事というのは自然に従う事であり、それは徳にほかならない、と述べている。つまり自然に従う事で私たちはよりよく生きる事が出来るというのだ。
その上で、ストア派的にすぐれた人物は知者(賢者)と呼ばれ、以下のような特徴を持っているという。
まず
知者は自主的に行動する者であり、知者だけが自由の身である。反対に悪い人というのは奴隷的(身分に関わらず)であり、支配する者に従属的であるが故に自主的に行動できない者である、
と述べている。
さらに知者は
・情に流されない(無情念)
・高慢でない
・厳しさを有しているが、同時に友愛を有している
という。

ストイックになる事の目的

ストア派的には、"ストイック"に生きる事は徳に繋がると考えていた。ただし当時と今とでは時代が全く違う。正直徳のために生きるというはしっくりこない。では私たちがストイックに生きる目的とは何だろうか?
私個人としては、他の目的を達成するための訓練、修行のようなものではないかと考えている。
世の中を生きるには厳しい試練を乗り越えなければならない事がしばしばある。その一方で現代社会では堕落しようと思えばどこまでも落ちぶれる事が出来る。そんな中で信念を持ち続ける事、何かをやり遂げる事というのはとても難しい。些細な事でも努力を継続したりするのが困難なのは大体の人が身を持って体験しているだろう。それを打ち破る手段として、ストイックさが必要なのではないかと思っている。
私たちもストア派の言う”知者”のような考え方を持って生きてみると新しい世界が見えてくるかもしれない。

締めに、マルクス・アウレリウス帝のこの言葉を引用しよう。

自分の内に集中せよ。理性的指導機能はその性質として、正しい行為を為し、それによって平安を得るときに自ら足れりとするものである。

神谷美恵子 訳,『自省録』第7巻28, 岩波文庫(1956), 125頁

脚注
1) キケロは正確にはストア派哲学者として見なされないが、ストア派の影響を受けているのでここに含めた。

2) ただし実際のところはメガラ派の論理学体系を発展させたものに過ぎないという見方もある[1] 。

3) アンブロジウスという神父は「声はキリスト教の司教の声だが、訓戒はゼノンのものである」と述べている。また聖書等でも神の事をロゴス(論理)     と呼ぶ部分がしばしばみられる。

4) 医療用語のアパシー(感情が無くなった状態)はアパテイアに由来する。

参考文献
[1] 岩崎允胤, ヘレニズムの思想家, 講談社学術文庫, 2007.
[2] ストア派, Wikipedia . https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A2%E6%B4%BE , (2023. 2. 10, 一部参照)


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