エビデンスに基づく健康習慣本を書いた理由

3月1日の今日、構想3年、執筆7年のが発売になります。

『健康になる技術 大全』ダイヤモンド社


ページ数は496ページ。参考文献だけでも50ページになります。これでも一章丸ごと50ページ以上カットしました。正直、途中何度もくじけそうになり、なんでこんな気の遠くなるような企画に挑戦することにしてしまったのだろうと思うことも多々ありました。そのような中で、書き上げることができたのは、この本のきっかけとなった私の人生の大きな後悔と、担当の土江英明編集長の「全部まとめて一冊で、”これ一冊あれば大丈夫”と思えるような健康習慣本が読みたい」という言葉でした。

この本は、私の恩師ががんで亡くなったこと、彼女に対して傍にいたのに何もできなかった後悔がもとになっています。当時、私は既に大学院の修士課程に在籍していて、パブリックヘルス(公衆衛生)について学びを深めていた頃でした。でも、人の健康をとやかくいうことは余計なおせっかいだと感じていました。

もちろん、何が原因で病気になってしまったのか、知る由はありません。それでも、上流の方の原因を正すことで、なんとか、彼女の病気を発症させずに済むことができなかったか、発症しても早期に発見することができなかったか ー そばにいた自分ができることが山ほどあって気がして、今でも悔やまれるのです。

執筆を始めたとき、私は大学院の博士課程に在籍しながらニューヨークのマッキャンに勤務していました。そして、ちょうどその頃から、日本で健康づくりの仕事も手がけはじめました。そのような仕事をする中で感じた違和感や無念さ、理不尽さへの憤り、使命感など、自分がパブリックヘルスにかける気持ちを全部、込めました。

例を挙げると、

健康の自己責任論がいまだにまかりとおってしまう世の中であること。

冷静に物事を考えられるような人が、(パブリックヘルスの世界からすると)驚くような健康法を実行していること。

日本のメディアで取り上げられていることが必ずしも「正しい」ことではないこと。(もちろん良いものもたくさんありますが)

健康になりたいという人々の純粋な気持ちを逆に利用するような健康情報が溢れていること。

行動を変えるためのエビデンスや、習慣づくりのためのエビデンスがほとんど伝わっていないこと。

グローバルな世界(政治やビジネス)で起こっている「健康」の世界のことが、国境を超えて一人ひとりの健康行動に影響を与えること(例えば、たばこやアルコール会社の手掛ける広告がどれほど人の行動に影響を与えるかはエビデンスを見れば明らかです)。でも、そんな「健康」の舞台の裏側は驚くほどに知られていないこと。

病気になったときに、きちんとデータやエビデンスに基づいて治療をすることがあたりまえになっている一方で、健康の文脈になるととたんにフワっとしてしまい、エビデンスを顧みずに、色々な場面で健康の企画や戦略が決まってしまうこと。

知識の普及は大切ですが、それだけで人の行動は変わらないことが明らかなのにもかかわらず、従来型の知識重視の健康づくりが広く行われていること。

パブリックヘルスが健康を扱う学問領域であるにもかかわらず、日本でその存在は一般の人たちにあまり認知されておらず、日々の専門家たちの献身的な取り組みと実社会の間に乖離があること。そしてそれがとてももったいないことになっていること。

などに大きな違和感を感じていました(現在進行形)。 

これをなんとかしたく、書きました。

私は健康分野の習慣づくりや行動を変えるための方法、つまり「HOW(どのように)」行ったら良いかを専門にしています。ただ、正しく「HOW」を行うためには、「WHAT」つまり、何をしたら良いのかも知っている必要があります。ですので、「WHAT」に関しても、一線で活躍している研究者の助言をもらいながらまとめました。

『健康になる技術 大全』

でも、執筆の道のりは、予想以上にハードでした。編集の土江さんのリクエストに答えて、読者の方にとって使いやすい本にするには、どうしても、WHATの話が必要です。WHATの話をするには、食事・運動など、それぞれの分野の専門的な話が必要で、そこも抜かりなく信頼のおける内容にするには、各分野の専門家の方々のアドバイスが必要不可欠でした。

日々変わるエビデンスをどう捉え、どのように表現するか。各分野の専門家の先生方とのやりとりは果てしなく、例えば食事の章はここだけで4年以上の月日を費やしました。他の章でも、何度専門家の先生に些細なことから大きなことまで相談に乗っていただいたかわかりません。その間、ベストを尽くしたいという自分の高い理想に付き合ってくれた、専門家の先生方のご協力なしではこの本はできあがりませんでした。

防げる病気で亡くなる人を減らしたい。
間違った健康法で命を縮める人をなくしたい。
正しい健康習慣を身につけようとしている人の力になりたい。
 
その結果、一人でも多くの人が、与えられた命を最大限健やかに幸せに過ごせること、そしてそのような社会を作ることが私の使命です。

パブリックヘルスに出会ってから15年。今までベストを尽くしてきて、本当に少しずつ、少しずつ、日本でも世界でも良い取り組みができるようになってきました。でも、まだまだ目標には程遠いです。そんな現状を変えたくて、多くの人に、パブリックヘルスの「健康」の考え方や、エビデンスに基づいて習慣を変える(維持する)方法を知ってもらいたくて、執筆しました。

健康になりたいと思っていても、なかなか行動を変えられなかったり、新しい習慣を身につけることができなかったりすることも多いと思います。そのような方、またそのような方が身近にいてなんとか健康になってほしいと思われている方に、手をとっていただけたら幸いです。また、「健康」に関わるプロフェッショナルの方にも読んでいただき、日々の実践に役立てていただける内容になっています。

この本は、できるだけ科学に忠実に書きました。ですので、健康に良くないものがどういうものなのか、良いと思われているけどエビデンスとして推奨できないものも明らかにしています。そういったものを日頃からとっている方や、もっというと、そういった仕事、産業に従事している方にとってはショッキングな内容も含まれていると思います。そういったお仕事についている方々ともたくさん出会ってきましたが、そのような方々は、(健康に悪影響があることを広めているとは思わずに)彼らの純粋な思いでビジネスに従事していることも知っています。ですので、本で「科学」を武器にバッサリ切ってしまうことで、そういった方々を不快にしてしまう可能性があること、また、個人的にも傷つけてしまうかもしれないことも承知しています。

それでも、ちゃんと、書かなければいけないと思いました。健康に悪影響を与えるビジネスではなく、本当に良い影響を与える会社や産業が増えていってほしいと思うからです。

これは、私のパブリックヘルスの挑戦でもあります。

多くの人に届きますように。そして、多くの人が、与えられた人生の時間をすこやかに、しあわせに、全うできますように。

それが、私の願いです。

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