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たくあんみたいな月だな、と思った。

耳にはめたAirPodsからは銀杏BOYZの「夢で逢えたら」が流れている。28年の人生で一番聴いた曲かもしれない。
中学生の頃、寝れない熱帯夜の中でたまたま点けたラジオから流れていた「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」。そのエンディングテーマだったその曲を、13年経った今も聴き続けている。
そういえばその夜もカーテンを開けて月を見たな。その時は月だな、としか思わなかった。13年の時を経て「たくあんみたい」と思うようになったのは、果たして成長と呼べるのだろうか。

0時を回った住宅街に人影はなく、この世界には俺とたくあんみたいな月しか存在しないかのような気がした。ラジオを聴いていた当時は、世界には俺とくりぃむしちゅーと無限のリスナーがいるような気がしていた。

家の影に一度隠れたたくあんみたいな月は、もう一度現れる頃には夕張メロンみたいな月になっていた。耳からはAwesome City Clubの「今夜だけ間違いじゃないことにしてあげる」が流れている。
そういえば最近はラジオを聴いていない。ラジオが好きで、ラジオ業界を夢見て大学では放送サークルに入った自分は就活で現実を突きつけられ、結局Web制作会社に就職し、転職の後今はテレビ局に常駐して動画配信サイト制作をしている。今流行りの見逃し配信ってやつだ。
夢はすっぱり諦めたはずなのに、流れに身を任せているフリをしてなんだかんだ放送業界に身を置いている自分が、半端者のようで気持ち悪い。少しだけ嬉しく感じている自分が気持ち悪い。転職の時に会社は選べたはずなのに、少し夢を思い出してしまった自分が恥ずかしいし、恥ずかしいと思っている自分が恥ずかしい。

ラジオは間違いなく自分を作り上げたものだ。ラジオと出会わなかった世界線を想像することすらできない。なのに、自分を作り上げたものから自然と離れていっている。もしかしてもう自分は完成されちゃったのかな。

夕張メロンみたいな月は大きめな一軒家の屋根に隠れ、数秒の無音の後、AirPodsからコレサワの「彼氏はいません今夜だけ」が流れ始めた。

♪ちょっとだけでいいから あなたと 間違えたい

間違いじゃないことにしてあげるのかと思ったら、今度は間違えたいのか。面倒臭いな。
どっちも人気のある歌だし、人気の出る歌は共感が重要ポイントらしいから、世の中の人間はよっぽど筋が通っていないらしい。もちろん、この2曲を同じプレイリストに保存している自分も含めて。

28歳。そろそろ筋を通さなきゃいけない年齢なのはわかっている。夢を見続けていると白い目で見られる年齢。でもケセラセラでやり過ごしてきた青春時代のツケはまだ払い終わっていないようで、しばらく筋は通らなそうだ。
なるようになると思って適当に過ごしてきた結果、あまりに理想とかけ離れた人生になりつつあった。なるようになるってことは、なりたいようにはならないわけで、それに気づくのに28年かかったということは、10000日も生きてきたのに俺はまだ人生のコツってものを掴んでないらしい。

28歳。やり直しはできないだろう年齢。やり直しは出来なくても、せめてケセラセラをやめるくらいの決断をしても良いのだろうか。いや、それはやり直しにほぼ同義なのかな。

今夜はラジオを聴きながら寝ようかな。そう思いながら遠くに見えてきた自宅アパート越しに、また月が現れた。今度はただの月だった。

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