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人の〇〇で小説を書く(2)CryCry /////////田村 悠一郎さんのツイートから

CryCry /////////田村 悠一郎
@crycry_photo

9月15日
無限に続くかと思われるような石段を登っていく。途中様々な人間に抜かされていく。親子連れ、お爺さん、ヤクザ、常に笑っている人、同級生、二人連れの女性など。皆一様になにか手に小物を持っている。特に印象的だったのは、お爺さんの持っていた骨壷。大事そうに抱えながら足早に抜かしていった。夢

 修学旅行。それは、普段の学校から合法的に抜け出し、非日常を味わえるステキな時間。恋愛や友情が育まれ、楽しくて時にちょっと涙することもあるまさに青春を代表するイベントのひとつ。

 そんなイベントでここまで汗をかくことがあっただろうか。いや体育祭とかならわかる。それに汗を全くかかない青春イベントはないだろう。ではここまでつらいと感じるイベントがあっただろうか。

 石の階段を踏んで次の段に足を持っていく。無意識にできるはずの行為がどんどん意識していなければ出来なくなってしまいそうになってきた。

 修学旅行のしおりを見た時点でおかしいなとは思っていた。なんかこの寺社仏閣を見るところだけ、やけに行動時間が長めに設定されているな、と。同じ班の一人が「多分自由行動じゃね」と言ってそれだ! と思ったが、現実は違った。目的地は高い山の上で、登るのに時間がかかるだけだった。

 魅力的な嘘をついてくれた張本人は、だいぶ後ろでぜいぜい言いながら登っている。だいぶ後ろなのに聞こえるほど、彼のぜいぜいはぜいぜい! となっていて、聞こえる範囲の人たちは登るという苦行に耐えながら、それを耳にするというこれまた苦行を課されている。

 登っている人は学生だけではない。親子連れもおれば、お爺さんもいたし、ヤクザとしか思えないサングラスにスーツ姿の人、常にニヤニヤと笑っている男いた。二人連れの女性も笑っていたが、その男を見てその笑顔を消し、さきさきと歩いて行った。

 彼彼女らに共通しているのは、誰も登ることが苦痛ではなさそうということ。額に流れる汗をハンカチや服の袖で拭いてこそいるものの、一人で登っているものはどこか誇らしげで、複数人で登っているものは楽しそうに話している。まるで普段の道を歩くかのような自然さで。

 見れば誰も特別な格好をしてはいなかった。小さいとはいえ山を登るというのにそんな軽装でいいのか。見ればハイヒールの女性もいる。レトロな雰囲気のある人もいれば、全身ユニクロやGUだろうなとわかる人もいたし、着込んでいる人や半袖の人など様々だ。

 しばらく立ち止まってそれを見ていたせいで、班の最後方まで来てしまった。ぜいぜい言っていた彼が「どうしたんだよ」と声をかけてくる。

「お前を待ってたんだよ」といつものように憎たらしく返す。「ぜぇ、ぜぇ言ってろ、ぜぇぜぇ」彼はぜぇぜぇ言わせながらも、止まることなく私を追い抜いた。少し小走りで彼に並ぶ。

 あれ、こいつこんな顔だったっけ? 少し幼く見えるのは気のせいだろうか?

 なぜか焦る気持ち。私は疲れるのも承知で班の全員の顔を見て回った。すると明らかに若くなっている子が何人かいた。中学生なのに顔が濃いせいで大人料金を取られることで有名なあいつが一番若返っていた。小学校低学年だろうか? その頃の彼も顔は濃かったが、まだ小学生という感じが全身から滲み出ていた。しかしカバンは学生のままで、重そうにしている。

「もとうか?」とたずねても「いい」と言って聞かない。確かに重そうにしている割には、先頭の方にいる。心配する必要はなかった。

 胸を撫で下ろす。また後列に戻ろうとしたところで人にぶつかった。

「あっ、すみ......」

「いやぁぁぁっっっ!」

 ぶつかった人は何かを手から落とした。それがコロコロと転がっていく。それを追いかけている途中で足を絡ませて階段の下の方へ落ちていく。階段はゴールも見えないが、スタートも靄がかかっていて見えなくなっている。ぶつかった人は霧にまみれて見えなくなった。

 そんなことがあっても誰も登るのをやめない。振り向くことをしない。まるで、聞こえていないみたいだった。

 見れば誰しもが何かを持っていることに気がついた。学生はスマホを持っている人もいれば写真を持っている人も、ゲーム機を持っている物も。僕は、何も持っていなかった。

 誰もが手に持てるサイズのものを持っている中、お爺さんが骨壷を持っているのが見えた。ゆっくりゆっくり登っている。ぜいぜい言っている友達にも追い抜かれた。

 彼が僕の元に来たときお爺さんが言った。

「君たちはまだ若い。早く戻りなさい。大切なものを見れば分かるよ。人生を代表する一品がそんなものだというのは悲しい。おや、お前さんは何も持っていないのか。……それはとてもとても哀しいね」

 お爺さんは目を細めたかと思うと、思い切り走り出す。どんどんと人々を追い越していく。追い越された人は手に持つものを落とし、転がっていくそれを追いかけて、霧の中に消えていく。

 手に持っていたものを落とされない人もいた。だが少なくともうちの制服を着た学生は、みんなが傾れるように手に持っていたものを追いかけていく。

 転がるものは止まることなく、綺麗に霧の中に消えていく。それを追いかけるものもまた同じだ。

 お爺さんは傍に戻ってきていた。

「お前さんも戻りなさい。次来る時はちゃんと大切なものを一つ持ってくるんだよ」

 優しい声とは裏腹にお爺さんは私を蹴飛ばした。私の体は地面にぶつかることなく煙に巻かれた。


 目を覚ますと修学旅行のバスの中だった。しかしそれはかつてバスだったというのが正しいほど壊れていて、起きた瞬間バスだと気づけなかった。

 景色がいつものバスと逆になっていたのもある。

 つまりは床が天井に、天井が床になっていたのだ。

 起きあがろうとすると全身が痛い。

 どうにか顔だけ起こすと、班のみんなが見えた。

 顔が濃いあいつは引率の先生と並んで倒れていて、引率の先生の方が若く見えたし、ぜいぜい言っていた彼はここでもぜいぜい言っていた。

 そうだ、彼は確か喘息持ちだったか。

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