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柳原良平主義〜RyoheIZM 32〜

PR誌と立体作品


中高時代から

柳原良平は、立体の製作も得意だった。高校時代から大阪商船(現在の商船三井)の工務部に出入りし、建造中の船が完成する前に、設計図を借りて(1/200縮尺で)模型を作ってしまったりしていたくらいなのだから。

と、この話は以前にも書いたが、柳原のアートに対する興味は、そもそも絵画など平面作品に止まっていない。実際に柳原は、寿屋時代にも立体をいくつも製作している。

ユニークなキャラクター

それは、続々と店舗数を増やしていくトリスバーを応援するためのPR用雑誌、『洋酒天国』を発行したことがきっかけだった。まだアンクルトリスが生まれる2年前、1956年のことだ。

イラストが表紙の第1号を出したのち、2号、3号と柳原は立体を作り、それを撮影した写真が表紙を飾るようになった。2号で柳原が作ったのは、少しユーモラスな原始人のキャラクターだ(上の右上参照)。

左側に座っている原始人に向かって、もうひとりの原始人が右に立ち、何か引きずっている。「獲物を獲ってきたぞ」とでも言わんばかりの構図だが、裏表紙を見ると、引きずっているのはなんと女性。しかも裏表紙まで見てはじめてわかるという。

現代では各所からクレームが殺到してもおかしくないようなこの構図は、いったい何を意味していたのだろう? 残念なことに表紙写真しか見ることができないが、本文を読めばわかるのかもしれない。

『洋酒天国』の表紙写真を見ると、他にもさまざまな立体を柳原は作っていることがわかる。どれもユーモラスにデフォルメされており完成度も高い。高校時代から単に好きという理由だけで船の模型を作ってきた柳原だが、潜在的に立体物の制作も表現のひとつと思っていたのだろう。

身近にあるものは何でも使え

ある号では、珍しくスウェード風の生地が素材として使われていたが、その生地は柳原夫人のハンドバッグを切り取ったものだという。夫婦喧嘩にならなかったのかとヒヤヒヤしたが、夫人には了承を得ていた模様。

今の時代なら、生地でも皮でも、各種の工作用の素材はいつでも手に入る店があるが、この時期にはそうした店は皆無。身近なものを見つけて利用するしかなかった。しかし、そんな時代でも(いや、そんな時代だからこそ?)柳原のクリエイティビティは冴え渡っていた。

憧れの小冊子

『洋酒天国』は当時、デザイン的に最も洗練されていた『ニューヨーカー』や『エスクワイヤ』などを参考に、しゃれたイラストレーションや写真と、有名作家による酒にまつわるエッセイが配されていた。

開高健が編集長を務め、イラストレイター&デザイナーに柳原良平と坂根進が加わった3人(のちに山口瞳が加わる)により制作されたこの『洋酒天国』は、巷で大評判。そこには大衆にとって憧れの世界が描かれていたからだ。そんな洗練されたPR誌だったが、面白いのはこれが柳原たち3人のアイディアが発端となって生まれたことだ。

若く、やりたい放題の日々

創刊時、柳原はまだ25歳。他のメンバーも同様だった。入社2年そこそこの若者たちの企画が見事に通ったのは、素晴らしい内容のPR誌を作り上げた柳原たちの実力もさることながら、大きなプロジェクトを若者たちの情熱に任せた寿屋の、会社としての懐の深さがあってこそ。

もっとも当時の柳原たちの宣伝部は、社内でも治外法権レベルで浮いていたらしく(本人曰く、だが)、若さにかまけてあらゆるチャレンジをしていたようだ。柳原は当時を振り返るインタビューで、「開高くんが編集長をやっていたとき、開高くんを留置場に入れてやろうかと思って」と、こんなことまで語っている。

「挿絵の中にヌードの、ヘアーの絵を描いた(笑)。今はどうってことないけど、当時としては、ワイセツ罪で逮捕されるかもしれないって。わざと描いてやったんだけど、全然、法に触れなかった(笑)」(『柳原良平の装丁』(DANぼ)より)

この手の騒ぎではいつも、”ワイセツか表現の自由か”が問題となる。単なるエロならアウト、文化的ならセーフだ。『洋酒天国』は、文化的な冊子ということで、表現の自由を勝ち獲れた、ということだったのだろうか。(以下、次号)


※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。                               

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●参考文献
・『柳原良平の装丁』(DANぼ)

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