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QuestReading[10] わが安売り哲学

一緒にお仕事をさせていただいた方がバイブルにしていると伺った、ダイエーを興した中内氏が唯一自ら書き起こしたという一冊。初刊の1969年は、アポロ11号が月面着陸した年。それは私が生まれる10年前。しかし、その内容は今の時代にも通ずる、まさに<哲学>書でした。
書き上げた中内氏が気鋭の経済評論家に呼び出され「君は学者になるのかね」と叱責され、廃刊にしてしまったという本そのものがドラマチックな曰く付きのこの一冊をQuestReading。

書名:わが安売り哲学
著者:中内功
出版社:千倉書房(復刊)
出版年:1969年(初刊)2007年(復刊)
※中内氏の名前の表記は、「功」の旁が”力”ではなく”刀”が正しいですが、便宜上「功」の字を使用します。

中内功と松下幸之助

日本経済界の有名人2人は同じ時代を戦っている。本文で、松下幸之助と対峙する場面がある。
松下氏は「販売店が安く売るから儲からないと言い、小売価格を高くしダイエーのような安売り店には松下の製品は売らない」と主張する。一方、中内氏は、「生産者は小売業者の情報に基づいて生産したものを、小売業者に届ければよい」と考える。
中内氏は、『流通革命』として、流通の支配権を生産者から流通の担い手に取り戻したいと考え、松下氏は、自社奨励販売店網を作り、値引きをしない戦略をとっていく。
主導権はメーカーか、それとも、流通か。
この製販の緊張関係は、現在でも見られている。販売奨励の制度は残っているし、メーカーがOEMし流通のプライベートブランドを生産することが定着している。ただ、中内氏vs松下氏という構図は、その迫力が違う。

中内氏は60年代の終わりの本書の中で、「プライベートブランド」についてだけでなく、「ショッピングセンター」「海外生産」「問屋不要論」まで予言・宣言している。そして、目指すところは、安売り店(cheaply store)ではなく、<大衆百貨店(Promotional Department Store)>だと断言している。それは、厳選された品物をそろえたデパートに近いものだった。

私が生まれたのは、この本の初刊から10年後の田舎の酒問屋だ。我が家に併設された倉庫前では、両親と祖父母が地域の酒屋から届く注文を受け、従業員たちは、トラックにパズルのごとく山積みし、土日・盆・正月も関係なく切り盛りし働いていた。そこは、モノがあふれ行き来する賑やかな現場だった。
確かに、それから約40年、ディスカウントストアが現れ、小売店へ直接配送される流通網が整備され、地域の卸売業は不要になったが、この本を当時の父親が熟読していたら<大衆百貨店>というアイデアに納得していただろうか。

消費者志向

中内氏は、小売商は消費者の<購買代理人>であると考え、消費者のニーズから売れる価格を決めて仕入れを行うバリュー主義を方針としていた。
それは、コスト主義では、商品が独占・寡占化され、その先でメーカーの指示価格に従わなければならないと危惧していた。

この方針の実行には販売力の強化が必要だと考え、大量販売できるよう資本装備を増強し、人材を育成していく。需要の創造と人的能力の開発こそが経営との考えに従っていた。
ただ、販売力の強化といっても、消費者の代理人として<あらゆる商品を売る>かというそうではない。書内では「コントロールラベル」と表現されているが、単品の販売力を高めその単品で地域No1を目指すことが、バリュー主義を具体化することと書かれている。
つまり、<あれもこれも>を売るのではなく、<あれとこれ>を売る。それが、中内氏の考えた購買代理人の姿だった。

この視点は、Amazonの考えとは一線を画す。
Amazonも「お客様を大切にする企業」を謳っているが、それはあらゆる生産品を品揃えることで実現しようとしている。
これは問屋の考え方に近い。一般的な問屋のお客様は<小売店>だが、自分であらゆるものは仕入れられないので、問屋は品ぞろえを多くする。専門品を扱うためには、経験と勘を蓄積する必要があり、そのために専門問屋が必要になる。こう考えると、中内氏は小売商の理想を追求したが、Amazonは生活者にとっての究極の問屋を目指しているのかもしれない。

戦う姿勢

中内氏は人を現場で鍛える重要性を主張している。
備忘を兼ねてキーワードを挙げると「戦い続ける」「素人視点」「先制と集中」「競争力をつける」「契約を守る」「矛盾こそ発展の母」「友を信頼する」ことが、戦う姿勢につながると書かれている。驚くことにご本人は戦争で手りゅう弾を浴び傷だらけで終戦を迎えたらしい。人材へのキーワードにある<友への信頼><戦い続ける>というのは、どうしても本人の戦争体験が影響しているのではないかと考えてしまう。

私がこの本を振り返り中内氏の予言・宣言に出てこないものも1つ見つけた。それは「コンビニエンスストア」の出現である。
単品の販売力を高める戦うと考えていたところに、パパママストアをチェーン化した資本装備を行い、購買代理という役割などわずかなコンビニが地域No1の脅威になるとは中内氏の想定外だったのではないか。コンビニの台頭では、中内氏が大事にしていた、素人視点が持ち込まれ、先制と集中によって、矛盾を突かれたのかもしれない。
事実、セブンイレブンなどの発展によって、ダイエーの業績は窮地へと陥ちっていく。

しかし、この本を私はコンビニ業界の方から勧めていただいた。つまり、戦術は変わっても、流通支配権を流通が取るという姿勢は、小売商の根底にある共感できる哲学ということは間違いないのだろう。
全体で約200ページの本なのだが、どこを読んでも昭和44年の本には思えないだから、すごい人はすごいのだと感銘しかないのである。

免責:
本を精読しているわけではありませんので、すべての内容が正確とは限りません。詳細は、実際の本でご確認ください。

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