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近未来SF連載小説「アフロディシアクム(惚れ薬)」No.1 パイロット版

プロット(あらすじ)

2050年代、3つの新興独立国を舞台に、新たに開発されたアセクシュアリティ(無性愛)の治療薬である脳内ホルモン活性剤の臨床実験が、それに関わる登場人物たちの運命を翻弄していく。

投下されるm-RNAによって生成が促されるホルモン活性剤の作用により、他人に恋焦がれるという恋愛感情を無性愛者に誘発させる治療法は、多様な性の在り方を許容すべきと強い反対の声があがってきていたが、既に臨床試験が各国で進んでいた。

その頃、世界中に拡大した地域紛争の結果として2040年代に地域統合をベースとした緩やかな独立を許容する新たな国際秩序の枠組みが形成されていった結果、2050年代にはスコットランド独立を皮切りに将棋倒しのように欧州で30を超える地域が長年の悲願であった国家独立を達成する。

そうした多くの国で独立の熱狂が渦巻く中で、大国の支配下の長い間に気づかぬうちに埋もれてしまっていた自らのアイデンティティをひとつひとつ掘り起こすかのような、新しい若い国家づくりが取り組まれていた。

元スペインのカタルーニャ共和国と元UKのカムリ(ウェールズ)共和国の登場人物二人が、同じく元スペインのエウスカディ(バスク)共和国の首都ドノスティアで出会うことからこのドラマが展開していく。

2053年の11月のドノスティア(元サンセバスチャン)では珍しく晴れた日に、カタルーニャ共和国バルセロナの脳学者リュイスと、カムリ共和国スウォンジー在住の臨床治験者の日本人の朋美は、ドノスティアで開催された脳神経内科学会で出会う。


1.カタルーニャ共和国のリュイスの事情


「…国家独立のナラティブは、自由そして民主主義の戦いとして語られると非常にロマンチックな演説として、とてもよい響きに聞こえるの…
 パメラ・ロルフ、ワシントンポスト(Netflix 「2つのカタルーニャ」)

"...the independence narrative plays very well (as a ) very romantic discourse when you start talking about freedom and fighting for democracy"
   Pamela Rolfe, Washington Post.

"Two Catalonias"  (Netflix documentary) より



10年前の2040年代の初めの頃、まだ医学生だったリュイスは、熱狂的な独立支持派だった。

バルセロナ大学医学部の独立派学生リーダーとして、政治集会や独立への住民投票を要求する街頭デモに積極的に参加してきた。

ムンジュイックの丘での独立決起集会では、警官隊との衝突で負傷した参加者たちの治療に奔走する姿がインスタグラムで1億回も再生され、一躍有名になる。

完成間近のサグラダ・ファミリアで、リュイスがカタルーニャ語で熱く語った独立への呼びかけは、ラップにコラージュされてSNSで拡散された。「熱い独立派医学生」としてもてはやされ、選挙にでないかとの誘いが何度もあったが、すべて断っていた。

歴史家が「壮大な欧州のアイロニー」と評した、1993のマーストリヒト条約締結を起点とする欧州共同体(EU)としての統合の歴史は、50年後の2043年にその加盟国内部に多くの独立国家を生み出すことになる。

2035年に達成された財政統合で加盟国の徴税と歳出がブリュッセルのEU議会の動かすところとなると、通貨統合(ユーロ)、金融政策の統合(ECB)、軍事面での統合と相まって、国家のベーシックな機能が欧州議会に集約されて地域統合の最終段階を迎えた。アイロニーは、その国家機能の地域統合の深化が、逆に加盟国内の文化的・言語的に強いアイデンティティを持つ地域の独立への引き金をひいてしまったことであった。

ポルトガルと共同開催国スペインが手痛く一次ラウンドで敗退した2030年サッカーワールドカップでも、カタラン(カタルーニャ人)達は自分たちが独自のチームを出していたらあんなことはなかったというのが、もっぱら地元のバールでの話題だった。

そして、EUではないが北の連合王国のスコットランドやウェールズが連合王国からの独立を果たして2年後の2049年に、カタルーニャも共和国として独立を果たすことになる。

その多くが、実は、かつての国家機能の重要な部分であった軍事、財政、金融などを地域統合に残してつながったままの文化的アイデンティティを満たすための国家独立ではあった。パソコンに例えたら、OSや基本的な機能は共有のプラットフォームに載せたままで、独自の言語・文化という独自のアプリのインターフェースを前面に出した使用環境を達成した、そんな国家のありかただった。以前の連合王国下の「自治州」で十分じゃないかとの反対の声も多かったが、多くの地域で独立への動きが熱狂的に支持されたのである。

著名な未来学者のペドロ・マルチネスは「2040年代の理想に浮かれた熱狂の後には、醒めた頭に二日酔いの頭痛が襲ってくるに違いない」と、将来に警告していた。

リュイスが、医者になる道は選ばず、そのまま大学の研究室に残る選択をしたのがその独立へ国中が沸き立っていた2040年代後半だった。

2020年代半ばに、日本の研究者チームが強い恋愛感情を持つと前頭葉のある領域にあるドーパミン神経が活発となるという研究を発表してから、その分野の研究が深められてきていた。

リュイスが興味をもった2040年代には既にこの分野でかなりの研究成果がでており、DNA治療で主流となったメッセンジャーRNAによって体内で免疫に特定のホルモンの分泌を促すワクチンを打つと、ドーパミン神経の感受性が高まるということもわかってきていた。

リュイスがそれを研究テーマに選ぶと、「なにそれ、惚れ薬でもつくるのか?」と同僚の研究者たちには馬鹿にされたが、リュイスはなかなか面白い研究分野だと思っていた。

リュイスはそれなりにハンサムな風貌なのだが、30歳後半にしてまだ独身。研究者にしては小綺麗なファッションもあいまり、周りには隠れゲイだから未婚なのかと思われていたが、実は若い頃に夢中になった女性がいた。それを引きずっていた。一方的な、実らなかった恋だった。情熱的にといえば聞こえがいいが、半ばストーカーのようにパリに留学した相手に会いに、相手に呆れられるほど通い続けていたが、ある時、その彼女が消息を絶った。忽然と消えてしまった。未だその傷が癒されていなかった。

あの抗えない馬鹿げた強いストーカーの恋愛感情をコントロールするすべがあるなら、それは過剰な食欲を抑える効果的な脳内ダイエット治療と同じじゃないか。あるいは、彼に人間として興味を持ってくれたがおそらくアセクシュアルな傾向で彼の想いにまったく応じてくれなかった彼女みたいな人に少しでも恋愛感情をもたらすことができるなら、それには何かしら意義があるはず。そんな考えに至っていた。

一方で世間では、そんな研究は、本来それぞれが持つ個性であるセクシュアリティや恋愛感情を人為的にコントロールしようとするもので、濫用されたり、変な人格が変わってしまうような副作用があるのではないかという懸念の声も強かった。

リュイスの考案した、メッセンジャーRNAで恋愛感情を高めたり、抑制したりする方法は、未だ研究段階であって実用化の臨床試験などまだまだ先であったが、希望者に限り、本人のきちんとした同意を取ったうえで、バルセロナでも20人ほどがリュイスの治療を受けてモニタリング対象となっていた。

昔なら飛行機で1時間ほどの元バスク地方、いまやエウスカディ共和国の首都となったドノスティアで来年の11月にはこの脳内治療を主なテーマとした学会が開催されることが決まっていた。地球温暖化対策で今や欧州では飛行機の便数が激減していて、その代わりに鉄道輸送が復活していた。

リュイスはそこでの発表のため、モニタリングからのデータの処理に追われていた。徹夜も続いていたが、ドノスティアまでは鉄道で8時間くらいゆっくり揺られて行こうと、子供の頃家族旅行で乗って車窓から見えた、壮大なピレネー山脈の高原の景色を思い出していた。 (続く、かな)

https://note.com/rubato_sing/m/m16f463599798



この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません。医学的な知識はまったくでたらめで、SFなので政治的な内容はまったくの妄想で幾ばくかの根拠もありません。

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