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【連載小説】スモール・アワーズ・オブ・モーニング(5)最終章 収監


(第四章からの続き)

すべてを出し切ったビア・フェスが終わった。

バンドメンバーは、燃え尽き症候群なのか、出し切った後の賢者の時間なのか、フェスがあたかも解散コンサートだったかのように、敢えてリハで集まろうという声がでてこないまま、数週間がすぐたった。

マルは、また意味不明の高熱が2日ほどでて、血栓ができたようだったが、ふたたび病院にかけこんだおかげで、へんな後遺症は出なかった。あえていえば、ちょっと味覚が変になった感じで、これまで大好きだったバッファロー・ウィングも、きんぴらゴボウも、モンブランパフェも、どれを食べてもほとんど味を感じない。医者はおかしいなと頭をかしげるばかりで、原因がわからない。

ロシェルは、マリサの高校進学にあわせていっそここで日本へ戻って、日本を拠点に住んでみたらどうかと思い始めていた。マルの原因不明な病気についても、日本ならよりよい専門の医者がいるのでは、マルは日本人だし、と思っていた。


ビア・フェスが終わって1ヶ月半たったある日の朝。

バンドメンバーたちは朝起きると、こんなマルの長いチャット・メッセージが来ていたのを、読むことになる。



「(いま朝4時、まだ外は暗い。

シナトラの曲に "In the Wee Small Hours of the Morning" って曲があるんだ。

ウィーニー(小さい、ちxぽこ)じゃないぞ、Weeというのは古語英語で少しという意味で、Wee Small Hoursというのは夜明け前の小さなちょっとの時間ってな意味。そんなときに、一番人恋しくなるって、シナトラは歌ってる。

この曲を空港のラウンジで聞きながら、これを書いている。

いま、おまえらがいちばん恋しい。
アイ・ミス・ユーオール・ザモースト・ナウ。


さっき、しょうゆを檻にいれて航空会社に託した。檻にいれられて去っていくしょうゆをみてたら、映画ブルース・ブラザーズのエンディングあたりのシーンを思い出したよ。

おかしいよな。ジェイクとエルウッドが、何百人ものイリノイ州警察に囲まれてお縄にかかり、刑務所へと収監される。捕まって、ムショ送りのシーン。


オレも年は60をすぎてる。3年前、ブラザーズ・イン・ブルーをやろうと思い立った時、これがオレの人生で最後のバンドかな、なんて思った。有終の美っていうか、最後のたそがれの狂い咲きみたいな、おもしろいバンドができたらいいなと思った。最後の夢。

みんなのおかげで、それができた。
その夢が実現できた。


ダニー、おまえの指導でオレたちは前に進めた。教授、あんたはバンドの要だった。

ブルース、おまえのショーマンシップはサイコー。

アネッサ、いやアレサ、きみの歌声でオレは天国にいった気分。

ヒロシ、いい嫁さんもらってよかったな、大事にしろよ、この際、酒もやめていいムスリムになっちゃえ。

アミン、最後の3ヶ月だったけどキーボード最高だったよ。

トシ、おまえにはなんにも言わないよ。言わなくてもわかりあえる、そんな40年の付き合いだよ。

お、忘れてた、ホーンセクション。

ルーディとクリストフ、こんなファンキーなフレンチマンに会えるとは夢にも思わなかった。

シュー、おまえの笑顔とでっかい音のトロンボーンはバンドの顔だよ。

シンイチ、いつも居てくれてありがとう。サックスもクレージーだった。

そしてナガト、マネージャー兼何でも屋のおまえがいてくれたから、どうにかやってこれた。

これまで、学校とか仕事とかでの友達はけっこういたが、やっぱり、音楽友、音楽を通じての仲間がオレにとっては一番最高の友達だ。

もう国籍や年なんて関係ないよな。同じバンドにいてくれて、ありがとう。

おまえらのおかげで、ブラザーズ・イン・ブルーが世に出ることができた。

あ、ちょっと空が白んできた。だんだん夜明けが近いな。

なんだか、最後の狂い咲きっていうよりも、夜明け前の、センチメンタルだけど、ぎゅーっと凝縮された時間を、おまえらと共にできた感じがする。

その小さな時間の後には、またふたたび日が昇るってな。

テイク・ケアー、ブラザーズ。

バンドは永遠に。

おまえらをいつまでも愛してる。

マル)」


マルが朝6時半のフライトに搭乗して眠りこけている頃に、バンドのチャットルームには、みなからのメッセージが続々と追加されてきていた。

「(マル、なんで見送りにいかせてくれなかったんだよ)」とか、「(飲みすぎんなよー)」とか、「(日本帰っても暴れろよー)」とか、「(生みの親は永遠だ~)」とか。「(あのファンキーなベースがもう聴けないなんて(涙))」なんてのもあった。


そんな中に、アネッサが、ひとり、ちょっと長めのメッセージを書いていた。

「(マル。あなたサイテーの人ね。

今まで知り合ったなかで一番サイテー。

平日水曜日の朝っぱらから、こんなメッセージを残して勝手に消えていってしまうなんて。

オフィスに向う直前に見つけて、玄関で靴履きながら読んでたら、お化粧が台無しよ。

目はパンダ状態。大粒の涙がぼろぼろでてきて、まだ涙が止まらない。。。

でもね、気が遠くなるくらい遠く離れてしまっても、私達はみんなつながってるの。

想像もつかないような違う国に居ても、心は一緒。いつまでも、ずっとつながってる。

火山が爆発しても、大地震が起きて島が沈んじゃっても、竜巻が家を吹き飛ばしても、疫病が大流行して家に隔離されて会えなくなっても、それでもつながっているの。

。。。だって、私達、いつまでもブラザーズなんだから)」


(完)

エンドロール用
フランク・シナトラ
ウィー・スモール・アワーズ・オブ・モーニング


この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません

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