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エスプレッソとサラダを頼んだら、電話してはいけない

最後の最後まで気が抜けないのが、この仕事。

今日の午前中まで、仕事で東北から関東方面へ行っていました。
仕事の内容はあまり詳しく話せませんが、アテンド業務のようなものです。

このわずか3日のために、5月から地味にずっと準備をしていました。
移動手段や宿泊先の手配から、食事や行き先のイベント情報まで、いろいろと調べては手配するを繰り返して、やっと当日を迎えました。(こういうのをロジというらしいですね)

他の人なら蚊にちくっと刺される程度の仕事だと思います。

ですが、私は元来のおっちょこちょい、絶対何かひとつ失敗をやらかします。
でも、このアテンド業務では、行程の詳細を把握しているのは自分ひとり。ミスできない、たとえミスしても即リカバリーしなければならないというプレッシャーたるや……
なのに、夜は連日の食事会。旅先の美味しいお酒と料理に舌鼓を打ち、うっかり仕事を忘れそうになりました。

そんなこんなで、なんとか全行程を無事に終え、「いい旅だった」とお世辞でもVIPの数人から言っていただけで、ほっとしました。

あとは、帰るのみ。
羽田空港で全員に航空券を渡し、出発時間までしばしの自由時間。
私も大好物の「FROZEN to GO」を買いに、マーケットプレイスに向かい、即ゲット。ほくほく顔で、保安検査場を通りました。

空港内のカフェでサンドイッチのランチセットを注文。

「お飲み物は何になさいますか?」
と聞かれ、
「エスプレッソで」
仕事がうまくいって、ちょっと「デキるお仕事ガール」になったつもりになり、頼みなれない飲み物に挑戦してみたり。

外は快晴、オールクリア。目の前を色とりどりの飛行機が次々に離陸して行きます。サンドイッチセットが来る間、しばし滑走路の飛行機をうっとりと眺めます。

隣の席には、何やら真剣な表情で、手にしたスマホとテーブルに広げたパソコンをいったりきたり見つめ、しきりにキーボードを叩く女性の姿がありました。
少し濃いめのメイク、ショートボブの髪の毛を耳にかけ、その耳にはカーテンのタッセルにも似た大きなイヤリングが揺れています。
全身にたっぷりとプリーツの入ったクリーム色のワンピースをまとい、スマホをいじる爪には、さりげなくネイルアートがほどこされています。
都会の働く女子って感じだなあ。移動の寸分を惜しんで働く姿(あくまで想像)に、感化され、私も一本、旅行代理店に仕事の電話を入れてみました。

電話で話しているところに「お待たせしました」とサンドイッチセットが運ばれてきました。
セットのお盆には、人参の千切りをマリネして挟んだサンドイッチ、サラダが乗せられていました。サラダの横には、小さいカップに入ったドレッシング。
電話の内容に気をとられながら、小さいカップの取っ手をつまみ上げ、サラダにかけました。
電話を終え、ランチをいただきます。

フォークでサラダをすくい、口に運ぼうとして、はっと気づきました。
あれ、エスプレッソは?
お盆の上には、エスプレッソ用のミルクと角砂糖があり、マドラーもきちんと置かれています。
そもそもエスプレッソってなんだっけ?
コーヒーの濃いやつだったような。確か小さいカップで供されるような……
この空になった小さいカップは、ドレッシング……じゃなかった!

サラダには、濃い茶色の汁がかかっている。
これ、エスプレッソじゃん!!
よく考えれば、ドレッシングでこんな色あるはずない。どんだけ斬新なドレッシングだよ。

エスプレッソは、ドレスのように見事にサラダという体ににぴったりと、まとわり、サラダをフォークで抑えて、エスプレッソをぎゅっとサラダボウルの底に溜めてみようとしても、溜まらない。
かろうじて底に申し訳程度集まったエスプレッソを、カップに戻してみるが、もはやカップの3分の1にも満たない。
その上、もともとサラダにかかっていたドレッシングと混ざり合って、ちょっと油のようなものが浮いている。
しかし、かわいい店員さんにこの失態がバレるのは恥ずかしいので、カップを手に取り、一気に飲み干した。
思ったよりエスプレッソ味でよかった。

そっと隣のバリキャリお仕事女子の様子を伺う。
こちらのドラマには何ひとつ気づいていない様子で、パソコンの画面に向かって何か呟いている。よかった、みられていなかったようだ。

あとは、このエスプレッソ色のサラダを平らげれば、証拠隠滅。
無心に、エスプレッソ味の苦いサラダを食べました。

最後の一口のサンドイッチを口に放り込んで、口をもぐもぐさせながら席を立ち、逃げるようにカフェを後にして、何食わぬ顔で、搭乗口で他の人と合流、帰ってきました。

やはり最後の最後まで気を抜けないのが、この仕事。

旅の恥はかき捨てといいますが、かき捨てた恥の記憶は残るし、こうやってつい書いちゃってあとあとまで残るものにしてしまうので、かき捨てられないのです。
「ネタとして、おいしい」
などど考えているようでは、おっちょこちょいは治るはずもない。





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