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ロールパンナちゃんって人間だよね

「ロールパンナちゃんってさ、人間だよね」
朝食を食べながら、突然娘が言った。
「は? どういうこと?」
アンパンマンなんか、もう10年以上お目にかかってない。
ロールパンナちゃんが誰であるかも、そもそもアンパンマンすら忘れていた。

アンパンマンのロールパンナちゃんをご存知だろうか。
ご存知ない方のために、ちょっとだけ説明しておく。
(もう十分ご存知の方は読み飛ばしてください)

ロールパンナちゃんは、アンパンマンを作ったのと同じジャムおじさんから、生まれた。
ロールパンナちゃんには、メロンパンナちゃんという先に生まれた妹がいる。
メロンパンナちゃんの「お姉ちゃんが欲しい」というお願いに答えて、ジャムおじさんが作った。だから、後から生まれたけど、お姉ちゃん。
ロールパンナちゃんは、優しさと強さを両立した戦士として、アンパンマンの世界に生まれるはずだった。
しかし、アンパンマンの宿敵ばいきんまんのいたずらで、ロールパンナちゃんがまだパン生地だった頃、ばいきん草のエキスを混入され、悪の心を持ってしまう。
生まれたロールパンナちゃんには、善と悪、両方の心を持ってしまうのだ。
悪の心を持ったことで、ロールパンナちゃんは正義を貫くことができず、苦悩する。

「だってさー、人間と一緒で二重人格じゃない。善と悪の両方をもってるなんて」

アンパンマンの世界は、正義の味方のアンパンマンチームと、悪のチームであるばいきんまんたちのどちらかだ。勧善懲悪で、正義の味方が悪を懲らしめる。
必殺技の「アンパンチ」を繰り出せば、ばいきんまんが「ばいばいきーん」と逃げていく。とてもシンプルでわかりやすい構図。

その中でロールパンナちゃんは異色の存在だ。
善にもなれば悪にもなる。
善であろうとするけれど、彼女に植え付けられた悪のせいで、前後不覚になりアンパンマンを攻撃する。
彼女は自分を止めることができない。
彼女は、そんな自分と一人、戦っている。

娘の言うとおりだ。

生きていれば、誰かを傷つけて自己嫌悪に陥ることもある。
でも、誰かに優しくしたいときだってある。
善と悪を心の中に住まわせている。二重人格だ。
いつでも善でいることはできないし、ずっと悪でいることもできない。

ふと、昔、知人の結婚式に出たときのことを思い出した。
来賓のお一人が、スピーチをされた。
たしか、心理学を研究されていた大学の先生だったと思う。
だいぶ前のことなので、ちゃんとした言葉は忘れたけれど、こんなふうなことをおっしゃった。

新郎も新婦も、いつも一生懸命で、笑顔を絶やさず、人に優しく、ちゃんとされた素晴らしい方です。
きっと、今日まで、お互いにそんな良い面を見せ合って愛を育み、おつきあいされてきたのだろうと思います。
私の専門は心理学です。心の専門家として私からお二人に一つだけお願いがあります。
これからは、自分の弱いところ、悪いところも包み隠さず、お互いに見せ合ってください。
人は、白くばかりは生きられません。黒い部分だってあります。
相手の白も黒も認め合えれば、きっと素敵なご夫婦になれると信じています。

結婚式で聞いたスピーチとロールパンナちゃんが重なった。

人は誰しも、ロールパンナちゃん。
自分の弱いところやダメなところ、嫉妬や優越感、黒い感情を持っている。
人を傷つけたり、マウンティングしたり。
自己嫌悪に陥って、これ以上傷つけないように人と触れ合うことを避けてしまったり。
その一方で、誰かに優しくしてあげたかったり、助けたいと思ったりする。
誰かのそばで一緒に笑っていたいと思うのだ。

その矛盾したところが、人間の魅力だ。
アンパンマンのように正義を貫き続けることもかっこいいが、自分の欠点に悩み、自分の悪で暴れまわり、それでもなお、大事な妹のメロンパンナちゃんのため、悪に抗おうとするロールパンナちゃんは、泥臭くてかっこいい。

いい人だけでは生きていけない。
でも悪いやつにもなりきれない。中途半端な自分に悩む。
それでも、大事な人のため、自分のため、今日より明日は、もっとよい人間になろうとする。優しさと強さを両立した戦士。それが人間。
それでいいんだよなあって、なんか納得した。

「ロールパンナちゃんって人間だよね」
今日の朝ごはんは、ロールパンでもなんでもなく、白いご飯と味噌汁だったのに、何を考え、娘が急にこの話をし始めたのか、全く彼女の思考回路は読めないが、中学生で、それを理解してるあんたに、母は安心したよ。

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