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息子と日本旅:小諸編 読書の森で流れる時間

夜中、トイレに行こうと小屋から起き出して、はっと息を飲んだ。

満月だった。

こんなにも月の明かりが明るいことに、これまで気が付かなかった自分にショックを受けた。夜には夜の、別の世界があるのだ。それを知らなかったなんて。あるいはそれを、長い間忘れていたなんて。

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トイレを済ませてもう一度眠りにつき、6:30に息子と共に明るくなった大地を踏みしめると、「お母さん、まだ明るいよ月が、ほら、見てごらん」

数時間前、私の頭上、空の真ん中にいた月は、まだ西の空にいて、青く明るくなった空の中でもなお、美しいその輪郭を堂々と見せつけていた。朝には朝の、昼とも夜とも違う世界があった。


読書の森滞在最後の晩の話である。

読書の森のこと

いわきから格安高速バスを乗り継いでやってきたのは、小諸にある読書の森。以前からいつか一度は滞在してみたいと憧れていた、森の中の小さな茶房である。

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読書の森は喫茶店であると同時に、国内外からゲストが訪れるゲストハウスでもある。喫茶スペースには思わず手にとってしまいたくなる本がずらりと並び、そこここに素敵な絵やアート作品がゴロゴロと展示されていて、コーヒーと共にいくらでも居座りたくなる空間だ。喫茶スペースの奥の部屋には機織り機が何台か存在感を放って鎮座していて、隣の部屋には子ども向けの本の部屋があり、漫画が大好きな息子はここでみつけた手塚治虫のブッダと傑作集を滞在中5〜6回繰り返し読んでいた。

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喫茶店の建物のすぐ隣には落ち葉の森がひろがっていて、ゲルや小さな小屋など、ゲストが滞在できるお部屋が点在している。敷地内にはヤギのくろべーちゃんと、人懐っこい猫のスミちゃんもいて、森の奥には池があり、ところどころに手作りのブランコが隠れていて、子供心にはたまらない。小高い丘には田島征三さんの作品であるどうらくオルガンも展示されている。

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私達が泊まったのは征三ハウスと呼ばれる小さな小屋。壁面には征三さんのポップな絵が描かれていて、中には小さな薪ストーブがある。息子はこの薪に火をつけるという仕事がたいそう気に入って、一生懸命薪を組んでは、初めて見たというマッチで(ジェネレーションギャップ!)火をつけて暖をとっていた。

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それから滞在してみて気がついた読書の森のもう一つの役割は、いい意味での地域のたまり場になっているということ。私達が滞在している間にも常連さんらしき人が何人か訪ねてきて、その誰もがとてもユニークで、前向きで、夢を持ち、魅力ある人たちだった。

きっと、めぐみさんが作る美しく美味しいお料理も、人をつなげる役割を大きく担っているに違いない。

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ただ森にいるだけ

読書の森での滞在について、ただ滞在するという以外、何の計画も立てていなかった。森の中でのんびり過ごしてみようと、それを目的に訪れた。

何の計画もなく、思うままに森ですごす時間は、想像以上にゆったりとしていて、息子はずいぶんといきいきしているように見えた。薪ストーブを焚き、美味しいご飯をいただきながら(本当に毎食とびきり美しくて美味しいごちそう!!)ゆっくりとお話をして、猫のスミちゃんが寄ってきたらそっと頭をなで、あいた時間はじっくりと本を読む。気が向いたら外にでて、やぎのくろべーちゃんに餌をあげたり、野生に返った動物のようにざざざーっと落ち葉をかき分けて走ってみたり。

息子はそのうち、すろーりぃさんのそばで焚き火をはじめ、「焼き芋をやりたい!」とインドにいたときから温めていたであろう願いをついに吐露して、実現にこぎつけた。

そのまま約束のインドカレーを焚き火で作るアイデアを思いついたすろーりぃさんと息子の勢いにおされ、ついに寒い屋外で玉ねぎを刻み、チャパティをこね始めた。これが想像以上に楽しかったこと!!

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焚き火で玉ねぎを炒めるのは、煙が目に染みてしんどそうだったけれど、大忙しで落ち葉を焚き火に追加しつつ、煙から逃げ惑いながらたまねぎを炒める息子はずいぶん嬉しそうだったし(途中からずっとすろーりぃさんが炒めていたけど)、木枯らしがふく中、熱々のチャパティとダルを頬張るのは格別の美味しさがあった。途中から読書の森の常連さんが海外からのお客さんを連れて加わり、そば打ちが得意な常連さんが良いペースで実に見事な丸のチャパティを作り上げてくれたのも面白かった。

句会、初体験

私の母方の祖父という人は俳人だったらしい。母にずっと昔に聞いた話で正確には覚えていないけれど、俳句ばかり読んでいてあまり仕事をせずに家族を困らせたのだとか。古い家の二階の本棚には、祖父の句集らしきものもあった記憶がある。祖父は私が小学校に入学するかしないかの頃にもう亡くなってしまったのだけれど、私の中の記憶にある祖父は、いつもベレー帽をかぶっていて、雪と蕎麦をこよなく愛する細身の都会的な人だ。

血を引いているのか、母は現代詩集のような本を熱心に集めていて、私に子どもができると、これもこれも読んでみて、と何冊も送ってきたものだ。ところが白状すると、私は俳句にはまったく興味がわかなかったし、それどころかどこかで反発心もあった。父が紹介してくれた中原中也と宮沢賢治には憧れたけれど、母が送ってくる詩集は、正直に言ってほとんど真面目に読まなかったし、思春期の頃に溢れ出る感情を溢れ出るままに書きなぐったノートを除いて、35歳の今まで真面目に詩を創ってみようと思ったことはなかったし、ましてや俳句など、考えたこともなかった。

ところが読書の森滞在2日目、私はどういうわけか、俳句を作る羽目に(?)なった。

屋外で焼き芋とインドカレー作りをした後、小屋に戻ってぐっすりと昼寝をして起きると、俳句の先生がくるよ、とめぐみさんがおっしゃるので、軽い気持ちで参加してみた。息子が先日明治神宮で和歌にずいぶん興味を示していたので、興味を持った息子のために、という気持ちもあった。

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30分ほど遅れて登場した俳句の先生は、超絶おかしな先生だった。小諸市の俳句会会長さんらしいのだけれど、元々は油絵を勉強していた芸術肌。しゃべるとまるで笑点をみているかのようなノリで、聞いている方は笑いがとまらない。

「じゃ、それぞれ2句作ってみて、俳句会をしましょう」

みるみる先生のペースにのせられ、よくわからないながらとりあえず俳句を作ってみることに。お題は「焼き芋」と「焚き火」。つい先程体験したばかりの季語2つ、これならなんとか作れるかな?とみんなで頭を捻る。

そして私が創った2句がこちら

  恋焦がれ ついぞ出会えし 焼き芋や
  
  落ち葉焚き 大忙しの 息子かな

インドからずっと食べたい食べたい、といっていた焼き芋を、ついにここ小諸の森の中で作ることができた息子の嬉しそうな顔を思い浮かべた焼き芋の一句と、焚き火をするのが楽しくて楽しくてそこらじゅうかけまわりながら落ち葉を火に入れていく大忙しの息子をそのまま読んだ一句。

先生含め、その場にいたみなさんの句が、どれもそれぞれ個性が出ていて、それを選評するみんなのコメントもまた楽しい。息子もそれなりに混じってよかったポイントなんかをしゃべったりしていて…

なんだなんだ、なんだかとっても面白いじゃないか!!

先生によると、俳句は「座」の文学、なのだそう。みんなで丸くなって、それぞれの立場で俳句を読んだり評価し合ったりする席のことを、「座」と呼ぶのだそうだ。句会を開いてみんなで読むからこそ楽しめる文学ということのよう。

そして何よりも、俳句に使われる季語の美しいこと。こんなに美しい言葉をこれまで知らずにいたなんて、なんてもったいなかったんだろう。

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この楽しさ、座の文学の可能性、若い人たちも一度味わえばハマるかも。近々俳句の流行、くるんじゃない?

ずいぶんおとなになってしまったけど、祖父と母への反発心がふっとなくなり、今まで知らなかった場所にぽっと温度が加わったような体験だった。

いつでもそこにある

押し付けるわけでもなく、拒否をするわけでもなく、ただそこに、いつでも音楽や文学やアートがあって、気が向いたときに手に取れる、そんな空間が読書の森だった。

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最後の晩餐の終わりに、オーナーのすろーりぃさんが世界各国の言葉で歌ってくれたビートルズは、なんだかとても優しかった。息子は熱心にギターを覗き込み、息子自身も久しぶりのギターを手に「キラキラ星」を引いてくれた。「旅でギターをひけたら、すぐに友達もできるし、路上でひいて投げ銭してもらうことだってできるし、僕、やっぱりギターもう一回ちゃんとやりたい。」と布団の中でニコニコしながら息子は言った。

読書の森を出発する日の朝、プレゼントに頂いたエプロンにずいぶん堂々と大きなドラえもんの絵を書く息子は、旅を始める前とは別人のように見えた。

息子がギターをもっと弾けるようになったら、塩マニアのめぐみさんにインドのヒマラヤンソルトをお土産に、戻ってこよう。ドラえもんのエプロンでまたみんなでカレーを作ろう。

その時まで、月のあかりがこんなにも明るいことを、忘れないように。夜には夜の世界が、朝には朝の世界があることを、忘れないように、時間を愛おしんで、こどもたちや家族を愛おしんで時間を過ごそう。


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