見出し画像

東京国立博物館「やまと絵」展と内藤湖南の「応仁の乱について」

先月から東京国立博物館で特別展「やまと絵 受け継がれる王朝の美」が開催されています。

特別展のHPの案内に

やまと絵の壮大かつ華麗な歴史を総覧し振り返ります。

とあるように、「総覧」すべく、途中三回の展示替えがあって、展示期間ごとにガラリと内容が替わるようです。

東京国立博物館 平成館


展示替えがあるのと入場料が2000円を超えるのとで、ちょっと躊躇していましたが、HPのこの文章を読んで、これは「見に行こう!」と思いました。

それぞれの時代の最先端のモードを貪欲に取り込み、人びとを驚かせ続けてきた、極めて開明的で野心的な主題でもありました。伝統の継承、そして革新。常に新たな創造を志向する美的な営みこそが、やまと絵の本質と言うことができるでしょう。

特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」冒頭の案内文より


平安時代の最先端、鎌倉時代の最先端、南北朝時代の最先端、室町時代の最先端って、一体どんな空気感だったのでしょう。

それを掴みたい、感じたい。

そして、「やまと絵」が人々を驚かせ続けてきたというのなら、世阿弥が「花」と称した「めずらしきこと」を「やまと絵」も実践していた、ということなのでしょうか。

それを確かめたい。

と思って、上野へ足を運びました。

今日(11月1日)初めて行ってきましたが、第1会場だけで閉館時間になってしまったので、あとの半分を見るために、2期の期間中(11月5日まで)に行かなくては。。

それにしても、東博の気合の入れ様が半端なく、当館が所蔵する国宝、重要文化財以外にも、「総覧と振り返り」のストーリーに必要な作品を、全国の寺社や美術館からも多数集められているので、以前にどこかで見たことのある作品が、こうして編集されて新たに並べられると、まったく違った見方ができるので、とても面白いのです。
そんな感じなので、序章だけで1時間半ぐらい掛かってしまいました。

序章 伝統と革新 -やまと絵の変遷-
やまと絵は中国由来の唐絵、もしくは漢画との対概念で成り立っているため、その概念は時代によって変化します。

特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」序章の案内文より

この序章の中でも、特に凄いと思ったのが、室町時代(15世紀)のやまと絵と漢画を並べたこの組み合わせ。

No.9 「浜松図屏風」6曲1双  *室町のやまと絵のダイナミズム
No.10 「四季山水図屏風」6曲1双 *現在最古級の大画面漢画

「浜松図屏風」は、もうひとつ別の屏風が終章にも展示(No.241)されていますが、こちらのほうは、海原の躍動感がすごいのです。最初、松林と波だけかと思っていたら、よく見ると、今にも転覆しそうな小さい船に人が乗っていて、何かを一生懸命獲っているんです。波に揉まれながら、ほんとうに一生懸命。そんな小さな人間とは対照的に、立派な松には苔が生えている。
15世紀という時代は、ちょうど応仁の乱の頃。
とっさに、内藤湖南が「応仁の乱というものはまったく日本を新しくしてしまったのであります」と、『応仁の乱について』で言っていたことを思い出しました。本当にめちゃくちゃな時代だったのだと、みんな必死だったんだと。「生き抜く」ということ、それがとてもリアルに伝わって来て、立ち竦んでしまいました。

「応仁の乱について」が入っている
『日本文化史研究(下)』内藤湖南
講談社学術文庫


実物は私の身長よりも高いので、大きい屏風です。でも威圧的でなく、画面全体が鈍く光を放ってみえるのは、下地に雲母(きら)を掃いているからで、これは室町時代特有の技法だそう。
王朝的な綺羅綺羅しさがこうして転生し、生身の現実の人や自然の必死さが同居している。それがとても大胆不敵でゴージャスで。あとにやってくる爛熟の安土桃山の息吹を感じさせて身震いしました。

この絵が「やまと絵」の頂点を打ったのではないかと、私は思います。

重要文化財 浜松図屏風 
室町時代・15世紀 東京国立博物館


そして、その左に並んで展示されていたのが、周文の筆と伝えられる漢画の屏風絵です。そういえば、室町時代といえば「やまと絵」よりも、雪舟が代表するような「漢画(水墨画)」のほうが馴染みが深いかもしれません。

天章周文も載っている
『日本水墨画全史』小林忠
講談社学術文庫


室町時代は、禅僧を中心に文人志向が高まった時代で、世俗から隠遁して山水画のような山を負い水に臨んだ書斎に住むことが憧れでした。

それにしても、こちらの水面や網を放つ漁師たち様子の穏やかなこと。これが先ほどの浜松図の隣にあるのです。

重要文化財 四季山水図屏風
伝周文筆 (しゅうぶん)
室町時代・15世紀 東京国立博物館


周文については、「ひえさび」のコンセプトを打ち出した連歌師の心敬が「心絵」の名人と評しています。

心絵とは「心の中にある風景を描いた絵図」。応仁の乱の世を生きていた人々の心の中に、この2つの対照的な世界が同時にあったことを思いながら、当時描かれた実物を見ることができるなんて、なんという至福なんでしょう。

この2つの作品の展示期間は11月5日までですが、そのあとはまた別の視点からの2つの室町が並ぶようです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?