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遅いペースのインターバルで速くなる理由

あなたは「スピードトレーニングは大切」、「マラソンに5㎞レースや10㎞レースのスピードが大切」、「マラソントレーニングも質が大切」という話を聞いたことがありませんか?どこかで一度くらい聞いたことがあるのではないでしょうか?特に近年は「質より量」が言われるようになってきたように感じます。 一方で、遅いペースのインターバルで5‐10㎞レースのタイムが速くなるという事実もあります。

私の母校の洛南高校では私が在籍した3年間では毎年10-15人くらい14分台の選手が出ていましたが、1000mのインターバルの設定タイムは3分05秒でした。設定は3分5秒でもそれよりも速く走っていた選手もいたのですが、基本的には3分5秒から3分くらいのペースで一本目から大幅に速く走っていた選手というのはいませんでした。それでも毎年14分20秒台、14分10秒台の選手が出ていました。

他の例で言うと、森川賢一さんが監督をされていた頃の佛教大学の女子駅伝部が毎年のように全国駅伝でトップ3に入っていた頃、余裕を持ったペースでの練習をすることで有名でした。

スピード重視の練習をすることばかりが取り上げられるオレゴンプロジェクトもインターバルを導入し始めるシーズン最初の時期のマイルリピートは400mを71秒ペースでやると聞いたことがあります。これは10000mを27分台で走る選手のペース(約66秒/400m)からすると、相当遅いペースです。 アダム州立大学の指導者として全米選手権で14回も優勝し、何人もの大学チャンピオンを輩出してきたコーチジョー・ヴィヒルもマイルリピートの導入期は5000mのレースペースの約95%から始めます。 95%と言うと1キロ3分ペースの95%は3分10秒ですから、かなり遅いペースです。5000m14分台を目指すランナーが1㎞のインターバルを3分10秒でやるということですから、かなり遅く感じられると思います。

その他の有名どころで言うと、前5000m日本記録保持者(現30㎞日本記録保持者)の松宮隆行さんや宮脇千博さんが遅めのインターバルをすることで有名です。 この全ての例においてもっと速いペースのショートインターバルと組み合わせていることは言うまでもないのですが、何故このような遅いペースのインターバルで5000mや10000mが速くなるのか今回はもう少し掘り下げてみていきたいと思います。

5000mと10000mにおいて求められる資質
書かれている本によって若干の違いはあるのですが、先述のジョー・ヴィヒル著『Road to the top』を参考にすると5000mは80%、10000mは90%が有気的な代謝でエネルギーがまかなわれます。これが意味するところは、前回の記事のリディアードのトレーニングシステムでも述べたとおり、最大酸素摂取量の向上が非常に大切だということです。 ここでは人間の代謝について詳しくは解説しませんが、およそ3000mのレースペースにおいて、最大酸素摂取量に達します。そして、この最大酸素摂取量ペースの90%において速筋繊維が動員され始めます。 筋繊維には遅筋繊維(STF)、a型速筋繊維(FTFa)、b型速筋繊維(FTFb)の三種類があります。トレーニングによって遅筋繊維と速筋繊維の割合が変わることはありません。しかしながら、a型速筋繊維とb型速筋繊維の割合は変わります。a型速筋繊維の方がb型速筋繊維に比べて持久力に優れているのですが、最大酸素摂取量ペースの90%を超えるペースでのインターバルではb型速筋繊維がa型速筋繊維へと移行します。それに伴って最大酸素摂取量も改善されます。 一般にインターバルはスピードトレーニングと呼ばれますが、掘り下げていくと強化しているのはスピードではなく、最大酸素摂取量です。勿論、神経筋も改善されますがスピードというよりはランニングの経済性が改善されると思ってください。本当にスピードを改善するには5000mや10000mのレースペースでは遅すぎます。 この種のインターバルは速ければ速いほど良いのか?市民ランナーから競技者、指導者までインターバルのタイムが良ければ、気分が良くなることに変わりはありません。タイムが良ければ「よし、これで次のレースでは良い結果が出せる」と思うものです。ところが、残念ながら速ければ速いほど良いほど良いかというとそうではありません。これには2つの理由があります。

1つ目の理由は、ペースが速すぎると量がこなせなくなるからです。3000mのレースペースの95%でも十分にトレーニング効果はあるのですが、では3000mの100%のレースペースでインターバルをやればもっと速くなれるのでしょうか?答えはおそらく否です。私自身の経験ではこれでは本数がこなせません。一年間に何回かは5x1000m/400mのような練習は3000mのレースペースでやれるかもしれませんが、常にその状態を維持するのは困難ですし、常にこのペースでやろうとするとピーキングが難しくなります。そして、明らかにこのペースでは1000m10本は出来ません。どうしても、本数は少なくなってしまいます。本数が少なくては有気的能力を改善することは出来ません。やはり、ペースを少し落として1000mを10本する方が効果はあります。

2つ目の理由は、オーバートレーニングのリスクとトレーニング効果のリターンを天秤にかけた時に常に最高の練習をすることが必ずしも最適なレース結果につながる訳ではないということです。この手のトレーニングは最も体に負荷がかかるトレーニングの一つです。私自身で言えば、35㎞を1㎞3分半で走る練習と8x1200m/400mを5000-10000mのレースペースで走る練習があれば、圧倒的に後者の練習の方がきついです。火曜日にロングインターバルをやって、水曜日に距離走というプログラムであれば火曜日さえ頑張れば水曜日はそんなに考えなくても我慢さえすればこなせるという感覚ですが、逆はそうはいきません。 ですから、この手のインターバル練習ですごく良いタイムで走れてた選手が、レースではあまり良い結果が出なかったというのはよくあるパターンです。継続すれば多少ペースが遅くてもトレーニング効果自体はそれほど変わらないので、タイムだけを求めるよりも、リズムやきつくてもリラックスして走れるポイントを探しながら、トレーニングをする方が良いように経験的には思います。


運動生理学と実際
今回は軽く運動生理学的な視点も踏まえて説明してきましたが、個人的には運動生理学的にこうだからこれが正しいと主張するつもりは一切ありません。ただ、多くの指導者が様々な試行錯誤を繰り返してきた結果として、5000mのレースペースよりも遅いペースのインターバルで5000mが速くなるという事実があるのです。勿論、ショートインターバルやレペティション的なトレーニングではこれよりも速いペースで走ります。5000mにしろ、10000mにしろ、最後の400mは60秒を切らないと勝てないので、例えば10x400m/400mのような練習も取り入れます。でも例えば、駅伝のための練習であれば、5000mのレースペースよりも遅いペースでチームが強くなることは十分あり得ると思います。またマラソンのための5000mレース、10000mレースであれば、ラスト400mのスプリントは必要ないので、これも5000mよりも遅いペースのインターバルで充分だと思います。

また今回の記事内では5000mのレースペースの95%などと言う表現をしていますが、厳密に5000mの自己ベストの95%-100%でのトレーニングが理にかなっているかと言うとそうとも限りません。理由は単純で今自分が5000mをどのくらいで走れるかはやってみないと分からないからです。また土トラックや芝生トラックでの練習や風の強さも考慮に入れる必要があるので、何となくそんな感じというくらいで感覚に従ってペースを決めるのが望ましいと思います。

洛南高校にしても、当時の顧問だった中島道雄先生が試行錯誤を繰り返して、遅めのペースでインターバルをやらせるという方針にたどり着きました。運動生理学的にどうこうというのではなく、やってみた結果として、そういう事実があるのです。さすがに1㎞3分前後の練習だけで5000m14分10秒台や20秒台が出るのは素質の問題もあるのかもしれません。でも、もう一つは伝統の強さもあるはずです。この練習で先輩たちが14分20秒台、10秒台で走れるというのを見ているので、「これでいけるんだ」という強い思い込みが出来ます。目の前で実際にやっているのを見ることほど説得力があることはありませんから、そういう伝統の積み重ねもあってタイムが出るのだと思います。

逆の言い方をすれば、ちょっとくらいインターバルのタイムが遅くても常に良いイメージを作って「これでいけるんだ」という思い込みを作ることも大切な練習の一つになります。実際に目の前で見ることほどの説得力はないかもしれませんが、そういう人もいるんだということを知るだけでも、潜在能力を引き出すきっかけになるはずです。

あなたも一度スピードトレーニングは速ければ速いほど良いという考えは捨ててみてはいかがですか?

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