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「LOVE LIFE」恋と人生いう基本テーマを丁寧に紡ぎ、監督の頑なな演出方法に明確な現実の心の揺らぎが見える作品

昨日、入ってきたゴダールの訃報。彼の映画はいつも何かを追いかけるように映像が繋がれていた感じがする。そして、映画というものの可能性を常に追い求めていたと私は彼の映像に感じるものがあった。ゴダール的なものは、映画を革新するベクトルを求めるものにとっては有効だったが、いわゆるエンタメを期待するものにはノイズでしかなかったかもしれない。だが、これからもゴダールの映像は多くの者に影響を与えることは確かだ。まずは、ご冥福をお祈りします。

そんな日に「LOVE LIFE」という実にシンプルなテーマの作品を観る。私的には、先週、ヴェネチア映画祭でドレスアップした木村文乃を見て、観ることを決めた。ポスターの雨に打たれる彼女の姿も印象的であったからだ。木村文乃という女優さんは、デビューの頃はそんなに興味がなかったというか、ちょっとツンとした感じもあり印象も良くなかった。だが、ここ数年はなかなか演技の幅も広げ、好きな女優さんの一人になった。現在34歳。年齢的にも、女優としてステップアップしていく時期なのだろう。

全体的に、静かな映画だ。つまり、あまり音楽などに頼らずに俳優たちの演技、佇まいで心象風景を見せていく感じ。深田晃司監督の作品は前々作の「よこがお」しか観ていないが、映像の質感に頼らずに、演技の積み重ねで丁寧にテーマを紡いでいく感じである。映画は矢野顕子さんの曲「LOVE LIFE」からインスパイアされたものらしい。曲も、途中と最後に流れる。そこに対しては、もう一つピンとこなかったが、「愛」「人生」という表題のテーマについては色々と考えさせられた1本だった。そう、昨今は世界中で「家族」という問題が映画の中のテーマとされている。今年のアカデミー作品賞を獲った「Coda」も家族の映画だった。そして、聾唖の人に囲まれた女の子の話だった。たまたまだが、ここにも聾唖者が出てくる。そして韓国人だ。その韓国人に子供と共に逃げられた主人公が木村文乃。そして、彼女と再婚したのが永山絢斗。二人の仲は父親(田口トモロヲ)によく思われていないという話から映画は始まる。説明的なものを排除して流れで観客にそういう設定をわからせていく感じはなかなかうまい脚本だ。俳優たちの芝居で、つながりの遠近がよくわかる。そう、コミュニティがうまくいっていないという以外はあまりドラマがない中で、木村の息子がパーティーをやってる中で風呂に落ちて頭を打って溺死する事故が起こる。このことによって、葬式に昔の亭主(砂田アトム)が木村の前に現れ、現実の「愛」とか「人生」とかが絡みあるように動き出す話だ。

この映画の特徴的なところは、過去の回想みたいなものがほとんどないことだ。だから、以前の木村と砂田の出会いや生活はよくわからない。そして、永山と元カノという山崎紘菜との出会いや当時の関係性も、特に観客に見せる気もない。あくまでも、今の木村、砂田、永山、山崎の心模様を映像にしていくことで、彼らの愛の強弱や位置というものを描いていく。そういう意味ではコクはないのかもしれないが、誰の心にも沁みてくるものがある感じの映画だ。そして、砂田という異端者の予測できない行動によって、話は韓国にまで及ぶ。その韓国のシーンは結婚式だからだが、妙に明るいトーンで描かれている。そう、日本のシーンより幸せそうに…。そこに、今の日本の幸せの位置を見る感じもした。だから、ここで木村が雨に打たれてリセットする感じなのは、納得してしまった。

砂田が飼っていた猫が逃げ、それを永山が見つけた時に「その猫はあなたを選びました」というセリフがある。人が人に愛情を見つけ選ぶという行為はそのくらい簡単なもので、選んだ責任みたいなものも感じたりする。ここに出てくる人物はそういうことに疲れてしまったわけだが、そういうことを常に気にして生きてる感じがとてもせつない。

そしてこの、韓国人を演じる砂田アトムは、実際に聾唖者だそうだ。この映画は、あくまでも、現在の「愛」「人生」を思う心を映画の中に描かきたいだけであり、その現在進行形の心の綾を映像に溶かしたかったのだろう。そういう意味でリアルな聾唖者が出てくることには意味がある。

だからこそ、木村が韓国から帰って、木村の心を止められなかった永山は、普通に対応する。ここでの「おかえり」「ただいま」という挨拶が現在位置なのだ。そして、二人は一緒に外に出る。カメラはじっとその二人が歩いていくのを追う。そこに未来が見えるわけではない。でも、なんかそんな感じが愛おしいラストであった。

あえて、特にドラマチックには描かないようにしているのか、映像の質感で心を見せるような部分はない映画だ。それが、一つの監督の世界なのだろう。私が演出するなら、木村文乃の表情にもっと抑揚をつけたかもしれない。そういうのは嘘くさいという監督の流儀を感じる。そういう、頑なな感じが明確に出ている、良い映画ではある。

木村文乃さんには、もっともっと、こういう有機的な役を演じていっていただきたいと思います。


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