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「あの頃、文芸坐で」【68】赤木圭一郎を銀幕に観るという贅沢!野口博志監督オールナイト

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文芸坐.001

1982年2月27日、この前に、池袋北口にっかつでロマンポルノ3本見た後に、オールナイトの5本立てを観るということをしている。まあ、若かったというか、すごいよね。その体力は今は流石にない。

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まずはプログラム。度々出てくる入場料の話。最近は、名画座でもロードショーと同じような料金体系なところが多い。まあ、二本立てということで半額にはなってたりするのだが、昔のようにロードショーから少し待てば安く見られるというような映画ファンの習慣はないと言っていい。考えれば、昔のようにフィルムをどう活かすか的な発想もないし、昨今は3ヶ月くらいでサブスクの場に新作が放り出されることも珍しくなくなった。映画は映画館では商売できないものになったということか?とはいえ、常に作り続けられる映画というコンテンツを新旧関係なく安い価格で映画館で見られるようにならないものかと、常に私は考えている。家庭の視聴環境が昔より良くなったとはいえ、映画館には叶わない。映画関係者はもっと、その辺をアピールして欲しいし、旧作だけのシネコンみたいなものはできないものか?料金500円なら1本立てて成立する感じもするのだが?

プログラムは、文芸坐は、「天井桟敷の人々」と「ネオファンタジア」の後が、「文芸坐青春画集PART1 初体験」と題して、当時多く公開されていた思春期もの洋画を集めた特集。最近は、こういうものがほとんどなくなりましたね。金髪の女優に性の門を開けられるような男の子はいなくなったのでしょうか?色々考えます。文芸地下は、東映アクション二本立ての後に、宮崎駿と高畑勲の3本立て。まだ、スタジオジブリが稼働する前ですが、「カリオストロの城」が出たあたりから、一気にお客さんが入るようになった世界ですね。そして、オールナイトは、野村孝監督に後、橋浦方人監督と長谷川和彦監督の特集。この頃から、今に至るまで長谷川和彦監督特集は同じ番組であります。ル・ピリエでは、オペラなんかやってますね。どんなだったのでしょうか?

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そして、この日観たのは、野口博志監督の5本立て、というよりは赤木圭一郎主演作の5本立てだった。赤木圭一郎をスクリーンで観るのは初めてだった。そして、「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」以外は、退色しきったフィルムであったことを覚えています。まあ、日活アクションの連続鑑賞の時はいつも思うのですが、話が似たようなこともあり、ほぼ混ざってしまうという状況があります。スターの表情が目に残れば良いのでしょう!

「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」

赤木圭一郎主演の映画としては、もっとも有名でもっともよく上映される映画だろう。日活アクションに多くある麻薬がらみのヤクザの抗争の中で、用心棒になるかならないかという話。そして、最後は潜んでいた麻薬捜査官が全て解決みたいな話。ヒロインは浅丘ルリ子。敵役が宍戸錠というところを見ても、「渡り鳥シリーズ」の焼き直し的な感じもする。渡り鳥が始まったのが1959年8月、この映画が1960年の2月である。まあ、原作者が違うので違うものなのである。そして、トニーに合わせた暗い雰囲気の漂う映画になっているのは確かだ。この映画での宍戸錠の「俺の顔に傷をつけたのはお前で何人目だ」みたいなセリフは、対トニーだから似合っているセリフでもある。西村晃の謎の中国人も印象的でしたね

「拳銃無頼帖 電光石火の男」

シリーズ二作目。ここもヒロインは浅丘ルリ子だが、まだ新人の肩書きの吉永小百合が出ている。吉永小百合という人は、この映画で見ても日活アクションのドンぱちの中ではあまりしっくりこなかったのだろうなということはわかる。ただただ、可憐なのだ。話は、一作目とあまり変わらないヤクザの抗争劇。

「拳銃無頼帖 明日なき男」

シリーズ第4作。この前作「不敵に笑う男」から、ヒロインは笹森礼子。やはり、トニーの相手役は笹森が似合うと思う。だが、代表作は「抜き射ちの竜」(ヒロイン、浅丘ルリ子)だったり「霧笛が俺を呼んでいる」(ヒロイン、芦川いづみ)だったりする。そう考えると、どれだけ男を引き立てるヒロインをつけるかで、作品の質が決まっていた感じもする。この話も麻薬がらみの抗争劇で、シリーズとして代わり映えない作品。彼が事故で亡くなることがなければ、このシリーズもっと続いたのだろうか?

「海の情事に賭けろ」

トニーが双子の二役という話。ヒロインは笹森だが、ちょっかい出す役で中原早苗。私は、この映画の印象が中原早苗だったりするのだ。中原は、この当時、金持ちの娘でヒロインから男を奪い取ろうとする役が多い。こういう定型を作った上で同じようなものを作り続けたプログラムピクチャーというのは、本当に今の映画作りを考えたら異次元である。金太郎飴はどこまで作り続ければ飽きられるか?というような映画作りであるものね。まあ、客はそれなりに入っていた時期だし、まず番組を作ることだったのでしょうな。

「幌馬車は行く」

この日観た映画の中で、これが一番印象的だった。題名の通り、和製西部劇である。トニーの作品として西部劇はこれだけだが、当時はこれがどう観られていたのか?本当に、当時の映画館に行って雰囲気を観てみたいと思ったりする。とにかく、養蜂業をして旅している人々が幌馬車で移動していて、そこにギャングが忍びこみ抗争劇がシンクロするという、まあジョン・フォードが撮ってもおかしくない話。オールナイトの最後だったが、それなりに眠気も覚めていたらしく、よく覚えている。途中、水浴する笹森礼子のシーンがあったと思うが、ちょっとドッキリショットなのだが、赤くなったフィルムではちょっともったいなかったという記憶がある。

当時から日活アクションを追いかけていた私は、映画館でみた8割方の映画は退色したものだった。今みたいにビデオが産業になり、ニュープリントができるような時代でもなかった。デジタル化などというものは、考えるものもなかった時代である。映画ファンとしては、ある意味、ここで観ないともう見られない的な恐怖感の方が強かった。とはいえ、赤木圭一郎主演のものは、人気もありそれなりに観る機会は多かったと思う。そう考えると、彼を多く演出していた野口博志監督というのは、幸せだったのかもしれない。

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