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手紙未満

地下鉄の改札前でモンスターの緑缶を片手に、少し気まずそうに微笑んでいるきみを何度も思い出します。心配で駆け付けたわたしは、そのまま抱きしめるか迷い、やっぱり抱きしめられず、きみの目をまっすぐに見つめるだけで精一杯でした。あの時、わたしに抱きしめる勇気があれば、抱きしめる勇気のある人間だったら、今もきみのそばにいられたのかなあと考えてしまいます。
夜は眠れていますか。悪夢は見ていませんか。紫檀ちゃんの隣で寝たら悪夢を見なかったと言っていた夜を覚えていますか。
わたしは、毎日のように悪夢を見ますが、きみの身代わりとして、神様から悪夢を見る係に任命されていたらいいのにと思います。でもきっとそんなわけはなくて、きみもわたしもそれぞれ違う悪夢を見ているのでしょう。

昨日は、便箋と封筒を買いに行く夢を見ました。なぜかわたしは急いでいて、髪がびしょ濡れのまま家を飛び出し、ちょうどいいサイズと柄の便箋と封筒を探しています。頭がどんどん冷えてゆく感覚があり、早くしないと具合が悪くなってしまう、早くしないと、と思っているうちに目が覚めました。
夢のわたしは、誰に向けて手紙を書くつもりだったのでしょうか。寝起きの乾いた髪に触れながら、ドライヤーをしてくれた時の、きみの手の大きさが浮かびました。

この文章は、夜中の1時に、ひとりきりの部屋で書いています。
止まったままの置き時計、現像していない写ルンです、好きだったバンドのサイン入りCDジャケット、金魚鉢のある室内のポストカード。過去形まみれの部屋で、過去のきみしか知らないまま、この文章を書いています。
なんとなく、久々にアロマキャンドルを焚いてみたらとても綺麗で悲しくなりました。

また会えるか、いまはわからないけれど、もしその時が来たら、きみに手紙を書いてゆきます。


うん、という返事でわかる おそろいのおもちゃの指輪のように笑って
/花浜紫檀

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