社会で子どもを育てるお母さん(里親)

私は愛知の名古屋からは離れたほどよい田舎に生まれ、両親と祖父母、妹ふたりの7人家族で、同じ敷地内に従兄弟家族が、隣の家には再従姉妹家族が暮らし、幼い頃から家を行き来する、わりと賑やかな家庭で育った。

(ちなみに写真は里帰り出産後、退院日の実家にて。生まれたての我が子の周りには連日人集りが……)

よく近所のお姉さんたちが遊びに来て面倒を見てくれたし、従兄弟が野球を、妹がバスケをやっていたので、スポーツ少年少女たちが家でご飯を食べていることもよくあった。いわゆる「血縁」「地縁」によって、色んな人に育てられてきたと思う。夫も愛媛の田舎出身で、似たような環境で育ってきた。

しかし、自分たちが子育てをするのは東京で、近くに両親も親戚もいない。近所の人たちとも今のところ特に交流はない。夫は仕事が趣味と言えるくらい好きで、出張も多く(月の半分以上いないことも多々。ちなみに今は1ヶ月以上出張中)、夜12時に帰ってきたら早い! と思ってしまうくらい打ち込んでいる。

それでも共働きなので、家事も分担しているし、子育てもできる限り一緒にしている(今はまだ乳がある私の比重がどうしても大きいし、出張中は仕方ない)。私はフリーランスなのである程度仕事の調整はできるけれど、代わりはいないし、産休も育休も特にないので働かなければその分収入や実績は減る。自分たちが育ってきた環境とは違う現状を前に、血縁にかかわらず家族を拡張して、いかに「孤育て」にならずに「みんなで育てる」環境をつくるかが大事だと思っている。

そんな時、私には思い浮かぶ“お母さん”がいる。

千葉で里親をしている細川綾子さん(仮名、50)。綾子さんとは友人を介して出会い、取材をさせてもらったご縁から、ご自宅にお邪魔したり、綾子さんが里親さんたちを集めて定期的に開催しているBBQやいちご狩りなど季節のイベントに参加させてもらったり、綾子さんの里子たちも一緒に旅行をしたり、仲良くさせていただいている。

私は妊娠中、「母になるとは?」「家族ってなんだろう?」という問いをもって、自分の身近にいる女性とその家族に話を聞いた。今回は、そのなかのひとり、綾子さんとその家族の物語をお届けしたい。前回同様、長いです。

社会の子どもをみんなで育てる家庭

綾子さんは里親として、実子4人を育てる家に、過去十数年で13人の里子を受け入れてきた。その経験を元に、ファミリーホームを開設し、現在は大学2年生と1年生、高校2年生と中学3年生の4人の実子と、6歳と7歳と乳児3人(!)、計5人の里子の子育て真っ最中だ。

「里親」とは、何らかの事情で生まれた家庭で過ごすことができない子どもを家庭に迎え入れ育てる養育者のこと。子どもの健全な育成を図るための国の制度で、里親になるためには一定の条件を満たし、研修等を受け、審査を経て里親名簿への登録が必要となる。子どもが預けられた里親には、月額7万2,000円(2人目以降は36,000円が加算)の養育費が支給され、そのほか一般生活費、教育費、医療費等子どもの成長に必要な手当がなされる。
里親型のグループホームから派生し2009年に制度化された「ファミリーホーム」は、里親や児童養護施設職員など経験豊かな養育者が、産みの親と暮らすことが困難な子どもたちを家庭で養育する「小規模住居型児童養育事業」のこと。養育者のほか補助員を加え計3人で、5〜6人の子どもたちを家庭で育てる。「措置費」として、補助員の人件費等にあてる「事務費」が子ども一人あたり月15万程度、子どもの生活費と教育費にあてる「事業費」が子ども一人あたり月約48000円、国から支給される。
里親もファミリーホームも18歳に満たない子どもたちに豊かな「家庭環境」を提供することが目的となっている。

実子はある程度自立し、子育てをサポートしてくれる仲間が近所にいるとはいえ、乳児3人を含む9人の子育てを同時にするなんて……! 一人の赤ちゃんをまだ数ヶ月しか育てていない私にはとても計り知れないが、少し想像しただけでも目が回る。それでも綾子さんは「子育ては楽しい!」と話す。そして、その秘訣は周りの人たちに頼ることだ、と。

「私の子育て方針は"人を巻き込む"。自分一人で全部やるなんて絶対に無理だから、地域のおじいちゃんやおばあちゃん、ママ友たちに助けてもらいながら、みんなで育ててもらっているわ。母親だから、里親だからって育児や家事を背負い込んでやる必要はないの。完璧になんて無理よ。家はこうして散らかっていて(笑)、末っ子には洗濯物が何日も行方不明だとか文句も言われて、それは望ましい状態ではないけれど、家庭はそういうもんだから」
 
細川家は里親の延長線上で、自宅に5人の子どもたちを迎え入れ、綾子さんを養育者に、実子や近所の方、綾子さんの友人たちが交代で補助員を担うファミリーホームだ。血縁は関係なく、社会の子どもたちを地域で育てている家庭と言えるだろう。

「今は赤ちゃんが3人いて、さすがに手一杯だから、娘や息子はもちろん、日中は補助員として児童養護施設の出身者の子に来てもらったり、近所のママ友や里親さんたちに預かってもらったり。実子の子育ての時もそうだったけど、たくさんの人に助けてもらっているわ。

私は里親だけど聖人じゃないし、うちはファミリーホームとしても完璧じゃないけれど、これまで4人の実子や10人を越える里子を育ててきた地盤があって、近所にサポートしてくれる人たちが本当にたくさんいるから、なんとか成り立っている。一人じゃ絶対に無理よ。子育てが楽しいと思えるのは、周りの人に頼って助けてもらっているからなの」

NHK特別取材班による『ママたちが非常事態!?〜最新科学で読み解くニッポンの子育て』(ポプラ社)によれば、現代の日本では約7割の母が「育児に孤独を感じている」という。その孤独の正体は、人類700年前の歴史に遡る「人間本来の子育てのかたち」と現代の育児環境のギャップにある、と。古来、か弱い存在であった私たち人類は、多くの子孫を残し繁栄していくために、たくさんの子どもを産める身体となり、みんなで育てる「共同養育」という子育て戦略を獲得した。

NHK取材班が訪れたアフリカ・カメルーンのジャングルに暮らす「バカ族」という民族は、一人の母が10人以上の子どもを産むことは当たり前。村の大人のみならず5歳の子どもだって、自分の家族以外の面倒を見るのは自然なことで、食事をつくったり、寝かしつけたり、出るなら母乳さえも与える。この、みんなで協力して子どもを育てる「共同養育」が本来の人間の子育てのかたち。

たとえばチンパンジーは、生まれてから6年間、母がつきっきりで子どもの世話をし、その6年間は妊娠できないという。動物の中で、コミュニケーションを通じて信頼関係が築ける人間だけが、わが子を他者にゆだねることができるのだ。

共同養育の仲間を見つけさせるために、子どもを産んだ女性はホルモンによって孤独や不安を感じやすくなっているという。でも、現代の日本は核家族化が進み、母親一人が子どもと向き合う孤独な育児環境が少なくない。共同養育の仲間が見つけられず、子育てに孤独や不安を抱えたままの母親たちが7割を超える非常事態になってしまっているのだ。

実際に里親家庭や施設に預けられる子どもの親たちはさまざまな事情を抱え、誰にも頼ることができず、孤立していることが多い。両親が知的あるいは身体的な障害を抱えていたり、精神的な病に罹っていたり、ギャンブルや麻薬などに溺れ生活力がなかったり、ストレスから子どもに手を挙げてしまったり……。

話を聞いていると、一言では説明できない複雑な事情が絡み合い、溜息が出るような親のエゴがむき出しになっている事例も少なくない。そこで親を責めるのは簡単だけれど、その親たちも家庭環境に恵まれず孤独で、自分の親族や友人などに頼れる人もおらず、行き場をなくしている。

綾子さんはファミリーホームを開設してから、預かっている子どもたちとその親との面会の時間も積極的に設けている。

「うちに来ている子たちはあからさまな虐待ではなく、何らかの事情を抱えた養育困難というケースが多いから、家庭復帰のハードルはそこまで高くないの。親御さんたちも、いつか子どもたちと一緒に暮らしたいと思っていて、なんとか生活を整えようとしている。それでもお会いしてみると、状況はなかなか改善されていなかったり、発言や行動が普通じゃなかったり、精神的に落ち着いてなかったり、気持ちがあっても実際に子育てするのは難しいんじゃないか、子どもたちが家庭に戻っても幸せにはなれないんじゃないか、と思うこともある。

これまでも一時的に預かって、家庭復帰した子が何人もいるけれど、なかには風の便りで親がまた育てられなくなって施設に預けられたと聞いて、やるせない気持ちになったことがあった。子どものプライバシーを守るためという理由で、我が家にいた子たちのその後はわからないから、あの子は今どうしているかなあと思いを馳せることもあるの」

自分では育てられないけれど、我が子が取られてしまうんじゃないかと、実親が里親を嫌がり施設入所を希望するケースも少なくない。子どもたちも実親とはほとんど暮らしたことがなくても世間と比べて「本当の母親」に憧れを持ち、一緒に暮らすことに執着する場合もある。だからと言って家庭復帰すると、実親が子どもに手を挙げたりネグレクト(育児放棄)状態になったりしてしまうこともある。

「家庭復帰できるのがベストだけど、それが難しいケースも多い。親子にとって、満額回答ではないけれど、定期的な面会で満足してもらえるならそれでもいいのかなって。本拠地は家で、産みのお母さんにも会えて、ちゃんと育つ環境もある。18歳になってからだって、帰って来たければ我が家に帰って来ればいいじゃない」

日本で施設や里親に預けられる子どもたちは、親の死や身体の病というより、親の虐待や経済的貧困、精神の病、犯罪などの理由による場合が多い。親はいるけれど、親と暮らせない。そうした子どもたちが虐待を受けているケースは年々増加している(平成28年度中に児童相談所が対応した虐待相談件数は122,578件。平成11年度の約10倍)。

虐待も子育ての不安や孤独からくるものもあるだろう。我が子に手を挙げる前に、精神的にも頼れる人が身近にいたら……。

綾子さんは、それぞれの複雑な事情を抱えながらも、頼れる家族や友人がおらず追い詰められ孤立した親子を支える、社会の“お母さん”のように頼もしい。

4回の帝王切開でのお産、乳がん

「私自身が子育てをしている時に、両親だけではなく、近所の人たち、地域社会にたくさん支えてもらったから。今こうして里親やファミリーホームをやっているのも、その時の恩返しをするような気持ちなのかもしれない」

綾子さんは26歳で結婚し、29歳で妊娠。はじめてのお産に理想を抱きしあわせに浸るも束の間、胎盤の位置が低く完全に子宮口を塞いてしまう「全前置胎盤」であることが判明。妊娠36週で出血し、緊急帝王切開で長女・白百合さんを出産した。全く想像もしていなかった突然の出来事に混乱もしたが、医師からは原因はわからず事故に遭ったようなものだと言われた。白百合さんは小さく生まれ、しばらくNICUに入ったが順調に成長。大量に出血した綾子さんの身体も少しずつ回復していった。

「私が出産した20年前は、全前置胎盤は親も子も命が危ないと言われていて、一時期は妊婦さんの死亡原因のトップだったみたい。自分がそれになるなんて1ミリも思ってなかったからびっくりしたし、お産が少しトラウマにもなった。

でも姉弟も欲しかったし、お産に対して嫌な思いを引きずるよりも、できれば早く2人目ができたら、と思っていたら年子で長男を妊娠したの。ハイリスク妊婦だから先生たちも慎重で、検査も念入りにしてくれたんだけど、そしたらなんと長男も全前置胎盤で。妊娠した段階で知らされて、とにかく安静にしなくちゃいけなくて、白百合が10ヶ月くらいの時に大出血しちゃって、29週から入院して34週でまた緊急帝王切開で出産した。

当時はインターネットもなかったから情報も少なくて、毎回はじめてのことばかりで、受け入れがたい負の連鎖が襲いかかってきた。長男が生まれた瞬間も処置にバタバタして誰もおめでとうって言ってくれないのはつらかった。長男は34週のわりに成長が遅くて、呼吸も体温調整もできなくて、産まれてから6週間はNICUに入っていた。私も出産の前後2ヶ月くらいは一緒に入院して。白百合の1歳の誕生日も祝えなかった。

その時に、両親は近くにいなかったから、もちろん主人も頑張ってくれていたけれど、近所の人たちが白百合の面倒を見てくれていたの。色んな人たちが白百合を預かってくれた。それがなかったらこの時期の出産と子育ては乗り越えられなかったと思う」

その後綾子さんは34歳で次男を、36歳で三男を出産。全前置胎盤ではなかったものの4人全員が帝王切開での出産となった。

「しかも、ようやく身体も子育ても落ち着いてきた1年後くらいに、乳がんが見つかったの。とにかく壮絶だったわね。おかげでなんでも受け入れられるようになったかも」

4回の帝王切開での出産に乳がん。命の危険も含む経験を乗り越えた綾子さんはそう過去を淡々と振り返る。この話を聞いた時、綾子さんの母としてのパワーの源を垣間見た気がした。

“特別“な“普通“の家族

そんな綾子さんが里親を始めたきっかけは、長女の白百合さんが小学1年生の時、10年以上前に遡る。白百合さんの小学校は1学年1クラス25人程で、親同士の近所付き合いもあったため、クラスで何かあれば情報が筒抜け状態。そんななか、綾子さんは「フィリピンのハーフの男の子が虐待を受けているのではないか」という噂を耳にする。気になった綾子さんは、白百合さんにお友達として家に連れてくるように伝え、彼を細川家に招いた。

「やせ細って異臭を放っていた。ご飯もきちんと食べていないし、お風呂も入っていない。当時その言葉は普及していなかったけどいわゆる『ネグレクト(育児放棄)』だとすぐにわかるレベルだった」

家を訪ねると彼は、祖母とふたり暮らし、フィリピン人の母は家を出て行き、父は祖母の年金のうち2万円だけを置いてほとんど家には帰らない、という家庭環境にあった。2万円という額は、おばあちゃんと小学生の子どもが1ヶ月生活できる額ではない。以来綾子さんは、娘の友達として何度も彼を細川家に招き、一緒にご飯を食べ、お風呂に入れた。

するとある時、自宅に「よけいなことすんじぇねえ、いますぐやめねえと…!」と怒鳴り声の男から脅しの電話がかかってきた。息子の変化に気づいた父親かその関係者からだった。

「さすがにびっくりした。家族に何かあったら困るし、1人では解決できないと思って、警察や区役所に相談に行ったの」

綾子さんは、そこで児童相談所、そして里親制度の存在をはじめて知ることになる。児童相談所に一時保護してもらい、里親登録をすれば里子として彼を細川家に迎え入れることができる。彼を受け入れたいという思いだけで、綾子さんは里親登録の手続きを進めた。

しかし彼は、一時保護はされたものの1週間程で家に戻っていった。父親がその児童相談所の管轄区域から転出届けを出し、転入届けを出さないまま家を出てしまったのだ。その後、彼の行方はわからない。

彼を受け入れることはできなかったが、里親登録をした細川家にはしばらくして、当時3歳の別の同じアジア系の男の子がやってきた。4ヶ月程で家庭復帰したけれど、末っ子として細川家の家族の歴史に刻まれた。その後も、1歳10ヶ月のヨーロッパ系の女の子など、国籍問わず親元で暮らせない8人の子どもたちが、細川家の里子として育ち、旅立っていった。

「子どもを助けるために里親をやろう、とかそんな大それたことを思ったわけじゃなくて、たまたま自分の身近にいた彼を家に受け入れたいという一心で行動しちゃっていただけ。なんにも特別なことじゃないの」

国籍も状況も滞在期間もばらばらだが、彼ら彼女らが一時的であっても細川家の子どもであったことは玄関に飾られた家族写真や積み上げられたアルバムからも伝わってくる。

「ランドセルに落書きしたり、アボカドを皮のまま食べちゃったり、とにかくおてんばだったなあ」   
長女の白百合さんがアルバムを見ながら懐かしむ。
「僕なんて、『お前、この家から出て行け!』って言われたからね」
三男の悠介くんが苦いエピソードを思い出して笑う。
「水槽に洋服を詰め込んでメダカを殺しちゃったときは、さすがにショックだったけどね」

幼い頃から里子がいる生活が当たり前だったふたりにとって、この家族のかたちは決して特別なことではないのだろう。

長女の白百合さんに「里子は弟、妹と同じ存在?」と尋ねてみると、「そういうふうに考えたことはないですね。家族として一緒にいるのが当たり前なので」という答えが返ってきた。三男の悠介くんは同級生に「お前ん家にはなんで外国人の子どもがいるの?」「あの子はいなくなって、また新しい子がきたの?」と聞かれて「里親をやっているんだ」と堂々と説明できないこともあったそう。それぞれ家庭の外での対応や感じることは違うけれど、細川家の子どもは、里子がいるこの家族のかたちを自然と受け入れているようだ。

「もちろん家族だから、色んな意見や考え方の違いもあるけれど。でもそれは、里子がいてもいなくても同じことでしょ。うちだって家族みんなでぶつかり合いながらなんとかやっている感じよ」

綾子さんが始めた里親に夫・雅弘さんは抵抗がなかったのだろうか。

「妻も里親をやろうと思って始めたわけではないので、ハードルもなにもなかったですね。自然な流れで気づいたら実子も里子も一緒に育てていた、という感じです。ただ、1つだけルールを決めていて、姉弟の関係が保たれるようにうちは実子よりも小さい子どもたちばかりを受け入れているんです。その家庭のルールに沿って、得意なところで無理のない範囲で受け入れていけばいいんだと思います。私たちは聖人でもでもなんでもなく、本当に普通の家族なんでね」

居場所をつくるひと

里親を10年以上続けてきた細川家にとって、ファミリーホームの開設も自然な流れだった。現在はもともと預かっていた1歳10ヶ月の時に乳児院からきた女の子(現在6歳)と5歳で保護された男の子(現在7歳)に加え、それぞれ生後6日〜1ヶ月程で養育困難とされた乳児3人という5人の里子が細川家で暮らしている。

「ファミリーホームを始めようと思ったのは、今預かっている6、7歳の里子たちが18歳まで我が家にいるとしたら、私も60歳を過ぎるでしょ。この20年間専業主婦をやりながら本当に子育てしかしてこなかったけど、体力やリスクも考えると、どれだけ続けられるかわからない。それに自分の親も80歳になって介護も必要になる歳で、理解してくれているとはいえ、里子がいるから何もできませんでしたっていうのも自分が後悔すると思うの。実は長女にも、もっと自分の親を大事にしたほうがいいって言われちゃって。

里親だと基本的には私が一対一で子どもと向き合うことになるけれど、ファミリーホームにすれば、補助員を雇うことになるから、小さな“施設”ではなく大きな“家庭”でありながら、事業化されるので、人手を借りながら子どもたちを育てることができる。母には最低月1回は必ず会いに行くと決めているの。本当はもっと回数を増やしたいけれど今は最低限ね」

自分の家族をないがしろにすることなく、継続的にこれまでやってきた里親を続けられるかたちがファミリーホームだったのだ。

「たとえ障害を持って生まれてきても、家庭に恵まれなくても、どんな子にも、社会のどこかに居場所を見つけてあげたいと思う。口にするだけで自分が何もしないのはどうかと思うからやっているだけよ。

できれば乳児や障害児を預かりたいなあと思っていたら、さっそく3人もやってきた。そのうち1人はまだその子に障害があるかははっきりわからないけれど、両親が障害者なの。子どもは授かりものだけど、里子もそれは同じ。

家にいきなり赤ちゃんが3人も増えて、相談されてないってぶつぶつ言う息子もいるけど、なんだかんだ面倒も見てくれているかな。赤ちゃんマジックで、乳児はやっぱりかわいいのよね」

もちろん“かわいい”という気持ちだけでは子育てはできない。思い通りにいかないことも多いし、国から養育費が支給されると言ってもそれなりにお金もかかる。私も実際に子育てをしてみて、たった数ヶ月でも上手くいかないことは多々ある。綾子さんは母として、そういう時をどう乗り越えているのか。

「子育てをしていて、思い通りにならないことなんて数限りなくあるわ! 今朝も末っ子が家を出る時の態度が悪くて……。小学生になった里子もできることは増えてきた反面、実親との関係性など難しいこともある。実子も里子もそれぞれの成長と共に悩みも絶えない。でも、悪い時と良い時はだいたい交互にやってくるし、今良くないと思うことも振り返ってみると笑い話になることが多い。だから、子育ては面白いのよ」

綾子さんは自分の子どもや家族だけでなく、社会の子どもを当たり前のように受け入れ、ドンと構えて、深い愛情を持って接し、子育てを楽しんでいる。

子育てに悩みは尽きないし、単純な解決策や楽になる術なんてきっとない。でもその時にちゃんと子どもと向き合っていれば、後で笑える日が必ず来る。大変だった過去を笑い飛ばし、将来に不安は抱かず、周りに頼りながら、子どもと過ごす今、その瞬間に夢中になる。それが子育てを楽しむ方法なのだと、綾子さんを見て思う。

里子は18歳になれば家庭を離れる。いつかは巣立つ里子たちにとって、綾子さんはずっと“お母さん”で、細川家もずっと“家族”なんだろう。血や戸籍上につながりはなくても、たとえ一時期であっても、自分を大切に思ってくれて、自分も大切に思える存在がいることはその後の人生を支えることになると思う。

綾子さんをはじめ細川家のみなさんは「うちは普通の家族だから」と声を揃えて言うけれど、細川家に預けられる子どもたちにとって、いや、今の日本においてその“普通”は“特別”なのかもしれない。

核家族化が進み、地域社会のつながりが希薄化していると言われる現代の日本ではどんな親にも「孤育て」になってしまう可能性がある。綾子さんのような社会のなかのお母さんや、細川家のような地域に開かれた家族の存在は心強い。

血縁や地縁じゃなくても、なにかあった時に相談するなど頼れる存在やコミュニティがあるかどうかは、子育てをするうえでとても大事なこと。私たちもこれからどうなるかはわからないけれど、親として自分たちの力を過信せず、夫婦だけで閉じず、周りの人を頼りながら時に迷惑もかけながら、抱え込まず、子育てを楽しみたいと思う。いざという時はそれぞれの家族や細川家や友人宅にも駆け込ませていただきます。

そして私たちも、友だちの子どもを預かったり、近所に暮らす親子に声をかけたり、「社会で子どもを育てる」という意識を持って小さな行動を積み重ね、社会に開かれた家族を築いていきたい。



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徳 瑠里香

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